彩雲のブログを投稿した翌日。


私は友人たちとランチに出かけていた。



『帰ってきたら連絡して』



その最中、

旦那からのLINE。



なんだろう?


でもまあ、“帰ってきたら”と言ってるし

旦那自身も出かけていたので

大した要件ではないだろうと判断。


特に返信はせずに

そのまま友人たちとのランチを楽しんだ。



夕方になり帰宅すると

旦那の車が

家の駐車場にとまっていることに気が付いた。


私よりも帰りが遅くなる予定だったはず。


あれ?

もう帰ってきてる??



不思議に思って居間へ行ってみたが

旦那の姿はなかった。


とりあえず電話をかけてみる。


しかし話し中なのか

ツーツー と鳴るばかりで繋がらない。


きっとどこかで電話をしているんだろう。


私は居間の椅子に座ってひと休みしつつ、

度々旦那に電話をかけた。


…が、繋がらない。



5分経ち


10分経ち…


15分ほど経過したところで


とうとうしびれを切らし

旦那を捜索することにした。


なんとなく胸騒ぎがする。



この日、旅館は休館日だった。


きっと私室ではなく

旅館(職場)の方にいるのだろう。


そう思い立って

そちらまで足を延ばすと…



厨房にいた。



旦那は目を真っ赤に腫らして

誰かと電話をしていた。


ふと旦那の手元を見ると

既に封を開けたお酒の缶が

5~6本転がっている。


これは只事ではない。


旦那は私に気付くと


「ごめん。一旦電話切るわ。」


通話相手にそう言ってからスマホを置いた。



「どうしたの?何があったの??」



私は咄嗟に聞いた。


緊張が走る。


今から旦那から聞かされるであろう言葉を


聞きたいような…

聞きたくないような…。


聞くのが怖い。が正解かもしれない。


とりあえず

尋常ではないその様子から

良い話しではないということだけは分かる。





旦那は大きく深呼吸をしてからこたえた。


声が少し震えていた。





「兄貴が死んだ…」





「は!? えっ!?」




想像もしていなかった言葉に

耳を疑った。


普段冷静沈着な旦那が

激しく動揺しているのがわかる。


お酒の力を借りて

それで平静を装っているつもりなんだろう。


明るく振る舞いながら経緯を話してくれるが


その大きな瞳からは時折涙が溢れ、

必死にそれを拭いながら

それでもなお、

平気そうに話す。



見ていて痛々しかった。


というか


見ていられない。



思わず旦那を抱きしめた。


すると旦那は肩を震わせながら

声を絞り出すように言った。



「なんでこんなことに…!

順番が違うだろう!?

母ちゃんよりも先に…

なんで兄貴が…!」




「うん。そうだね…うん。」




「おまえは死ぬな!!

絶対に死ぬなよ!?

俺より先に死んだら許さない!」




「あたしは死なないよ。大丈夫。

あと15年はどんなことをしてでも

生きるよ。

でも…あんたよりは先に死にたいけどね。」




「ダメだ!

俺より先に死ぬのは許さない!!」




「いや、あんたよりは先に死にたいよ。」




「ダメだ!!

もし俺よりも先に死んだら…

顔をボッコボコにぶん殴ってやる!!」




「…え〜…。あんたね、

死んだ後に顔をぶん殴られたりしたら

もう治癒しないんだよ?

そんなボコボコの顔をさ

あたしの葬式にきた友人とかに

見られんのはヤダよ。

もはや死因も訳わかんなくなるわ…」




旦那がフッと笑った。




「とにかく俺より先に死ぬな!」




「いや、だからあたしのが先だって。

まあでもね…

すぐ死なないように

治療を頑張ってるでしょうが。

子どもたちの成長を見届けたいし、

自立してそれぞれが自分たちの力で

生きていけるようになるまでは

死ねないでしょ。」




「…うん。頼むから

頼むからおまえは死ぬなよ…」






大切な人の死は受け入れ難い。


辛くて


苦しい。


自分が今こんな病気だからこそ

どうしても“死”が身近に感じてしまうし

旦那もそうなんだろう。


兄の突然の死に衝撃を受けて

“私が死ぬこと”も連想してしまったんだろう。



口にこそ出さないけれど

きっと旦那以外の私の家族や

親しい友人たちも

私の死が頭をよぎることはあると思う。




いずれ人はみんな死ぬ。



今、病気ではない人も

誰もがみな死に向かって生きている。


だけど普段は

なかなかそんな実感が湧かない。


死に直面するような病気になったり

大きな事故にあったり…


それこそ

身近な人の不幸を目の当たりにしたり…


そこで急に死というものが

リアルに感じられて

色々と考えるんじゃないかな。



私には弟がひとりいたけど

8年前、

ある日突然亡くなった。


衝撃だった。


今回のお義兄さんもそう。


まさか死ぬなんて。


これっぽっちも

想像すらできない…。


私とは違って

死とは程遠い人だと思っていた。


周りの人たちも

心の準備なんてもちろんできていないし

なかなか受け入れることなんてできない。


できるわけがない。



今、こうやって


普通に息をして

普通に生活をして

家族や友人たちと過ごせている日常の


尊さ。


ありがたさ。


大切さ。


美しさ。



本当に身に染みて感じている。


もっともっと、

一日一日を

大切に生きないといけないなって思う。


生きていることは

当たり前のことなんかじゃない。


私も、親しい人たちも

明日突然亡くなってしまうかも

しれないのだから。


あたりまえに明日が来ると思っているけど

それって不確かな事なんだよね。





先日見た虹色の雲。


あれはお義兄さんだったのかな…