胸の奥に小さな波が立った。
理由ははっきりしない。
ただ、いつもそこにあったものが、ない。
鼻の奥を通り抜けていた、あの風の匂い。
キジ子を感じていた、やわらかな流れが
その朝は、ふっと途切れていた。
風の向きが変わった──
そう感じた瞬間、言葉になる前に理解した。
キジ子は、もうここにはいないのだと。
知人にそのことを伝えると、
「昨日は心配で、夜も様子を見に行ったの」
という返事が届いた。
その後。
キジ子は静かに、息を引き取っていた
と連絡があった。
彼女はキジ子を
たくさんの花で包み、
送り出したという。
その光景を思い浮かべると、
胸の奥が熱くなった。
けれど不思議と、涙よりも先に
“風”がやってきた。
──頬を撫でるような、やわらかな風。
あの日、キジ子が語っていた言葉が
静かに蘇る。
「命は自然の中にある。
どこへ進むのも、自然の流れ。
正解も、不正解もない。」
そして、
「最後は、この大好きな風の匂いの中がいい。」
その言葉のとおりに、
キジ子は旅立ったのだと思う。
彼女が愛した風の中で、
いつもの景色の延長として。
何ひとつ、失われることなく。
彼女の魂は、今も風となって漂っている。
鼻の奥を抜ける、あの澄んだ気配。
頬に触れる、あのやさしい感触。
それはもう、
“風”というよりも、“記憶”に近い。
キジ子が生きた証が、
風の中に、そっと刻まれている。
その風は、
秋の園遊会の庭を吹き抜け、
首里の坂を渡り、
御嶽の祈りへとたどり着く。
──すべては、つながっていた。
天と地と、いのちと祈り。
そして今も、風が私の頬を撫でている。
それは、別れの風ではない。
つながりの風。
静かに、やさしく
