何となく気まずい気分のままでいた義だったが、それでも、俊介が毎日話し掛けてきたため、応対はしていた。
1年のときよりもクラスメイトに声を掛けられることが増えたのは、そのせいかもしれない。
面倒臭さと嬉しさが半々。
それでも、他人の本心が見えなくて怖いという気持ちは変わらない。
「おはよう」
その朝も、俊介は普通に挨拶をしてきた。
先に席に着いていた義は、見上げて挨拶を返した。
「今日も聴いてんの?」
机の上のオーディオプレーヤーを見ると、俊介が訊いた。
「ん」
「ほんっとに音楽好きだなぁ。何て曲?」
義がアーティスト名と曲名を言うと、俊介は「あーっ」と声を上げた。
「聞いたことあるわぁ。委員会の1年が言ってたやつだ」
嬉しそうにうなずく俊介に、義も微笑む。
2年になってもクラス委員を務めている俊介は、1年とも、そういったプライベートな話が楽に出来るらしい。
得な奴だな。
義がそう思ったときだった。
教室の中がざわついた。
何気なく顔を向けた俊介と義は、ぎょっとした表情になった。
「おう」
教室中の視線の中、自分の席に着いた洋平が、軽く右手を上げた。
「ヤマ、何だよそれっ!?」
俊介が叫んだ。
その言葉はクラス全員の気持ちを代弁していたようで、2人に視線が集まる。
「色抜いた」
「抜いたって」
「校則緩いし」
「それにしたって……」
当惑した顔で俊介は言葉を無くした。
義もあんぐりと口を開けたまま、洋平を見つめる。
昨日まで黒かった洋平の髪は、金髪になっていた。
「流石に3年になったら出来ないだろ?え?似合わねえかな?」
不安そうな顔で頭に手をやると、洋平が訊いた。
「似合ってる」
義が答えると、洋平は得意気に口の端を上げた。
「だろ?」
「思い切ったなぁ。ド金パじゃんか」
俊介は大きなため息をつくと、呆れと感嘆の混ざった声を出した。
「部活も3年が引退したし?今しかないって思ってさぁ。俊介もやる?」
「いや、俺は似合わないって」
「やってみりゃいいじゃん」
「そっかぁ?義はどう思う?」
話を振られ、義は視線を泳がせた。
「や、今のまんまのがいいんじゃね?」
「だよな?でも、もう少し、伸ばそうかなとは思ってんだ」
にこにこと笑って、俊介が答えた。
「お前がかぁ?義は似合いそうだけど」
洋平は左手で頬杖をつくと、顔を向けた。
思わず義が笑うと、洋平もにぃっと笑った。
「六平くーん、先輩が呼んでるー」
昼休み。
購買から教室に戻って来た義は、クラスメイトに呼ばれた。
買ってきたパンと苺牛乳を机に置くと、義は廊下に出た。
「お前が六平?」
3年の男子生徒が2人。
短髪の生徒が伺うような視線で訊いてきた。
初めて見る相手に、義は引き気味になりながらもうなずいた。
相手は180センチほどの身長で、義とはあまり変わらない。
しかし、ひょろっとした義とは違い、がっしりとした体型をしている。
「ふーん」
値踏みするような態度に、義はカチンと来た。
「……何ですか?」
「お前、俺の女に手ぇ出したんだって?」
男子生徒が目を細めて訊いた。
嫌な目付きだ、と思いつつ、義は顔をしかめる。
「はぁ?」
「とぼけんなよ。2年にいんだろ?」
女生徒の名前を言われても記憶が無い。
「人の女泣かせといて、いい根性してんな」
いつの時代の脅し方だよ、と思った義は、つい、小さく笑ってしまった。
「おっ前、ふざけんなよ!」
相手が真っ赤な顔になった。
胸倉を掴まれた義は、眉間に皺を寄せた。
そのまま、腕を払うと、思い切り床を蹴って、相手に跳び蹴りを喰らわせる。
まさか、蹴られるとは思っていなかったのだろう。
男子生徒は勢い良く廊下に倒れ込んだ。
周りにいた生徒たちが何事かと振り返る。
すぐに起き上がった相手は、完全に頭に血が上った様子で義に掴み掛かった。
叫び声や煽る声が廊下に響く。
不意打ちは利いたが、体重の差はどうにもならず、胸倉を掴まれた状態で思い切り壁に押さえつけられる。
窓の桟に背骨が当たり、義は顔をしかめた。
その痛さに余計腹が立ち、相手の腕を払おうと手を振り上げる。
そのまま、勢い付いた義の右腕は窓へと当たった。