昼休み。

 適当に購買のパンで食事を済ませ、窓際の1番後ろという特等席。

 ヘッドフォンを着け、机に突っ伏していた義(メグミ)は、机を叩かれ、面倒臭そうに顔を上げた。

 眩しさに瞬きを繰り返し、目を細めて見れば、クラスメイトの俊介が片手を机に付き、覗き込んでいた。

「……何?」

 ヘッドフォンを外しながら、寝起きのかすれた声で訊けば、俊介は1枚のプリントを突きつけた。

 高校に入学して3ヶ月ほど。

 義はまだ、数人のクラスメイトとしか言葉を交わしていない。

 俊介とは、挨拶すら交わしたことがない。

 それでも、クラス委員をやっていて、友人も多そうな俊介の声は嫌でも耳に入っていた。

 明るく、屈託の無い大声が聞こえない日はないと言った方がいい。

「まだ、感想文出してないだろ?これに枚数とか書いてあるから、見て書けな」

「……感想文って何?」

 義が訊くと、俊介はきょとんとした表情のあと、眉間に皺を寄せてため息をついた。

「この前の校外学習の。レポート出せって言われただろ?」

「あー……」

「『あー』じゃないだろ!あと、お前だけだかんな。3日貰ってきてやったから、絶対書けよ!」

 俊介はプリントを義に渡すと、忙しそうに去っていった。

 義はそのままプリントを机の中に押し込むと、また、ヘッドフォンを着けた。


 プリントを貰った3日後の昼休み。

 義は1人、屋上で昼食を取っていた。

 曇りのせいか、いつもならば数人いる生徒の姿はない。

 1人の気安さから、義はフェンスに寄り掛かり、鼻歌を歌い始めた。

 途中まで歌い、周りを伺う。

 誰も入ってくる様子はない。

 義は大きく息を吸うと、今度ははっきりと声に出して歌い始めた。

 声が空に吸い込まれていくような感覚が楽しくなり、気持ち良くサビを歌い上げたときだった。

 壁に寄り掛かり、こちらを見つめている生徒と目が合った。

「――っ!?

 義の口が「あ」の形のまま、固まった。

「あ、えと、ごめん。昼寝してたら聴こえたから、聴いてて」

「あ……あー、うん」

 謝られた義は、引きつった表情のまま、がくがくとうなずいた。

 相手は、同じクラスの洋平だった。

 話したことはない。

 何となく気まずいまま、お互いに視線を逸らす。

 そのとき、勢い良くドアが開き、2人はビクッと振り返った。

「あーっ、ここにいやがった!」

 大声と共に姿を見せたのは俊介だった。

「な、何だよっ!びっくりするだろ!」

 洋平が焦った口調で言い返した。

「おう、山本もいたんだ?悪い悪い」

「悪いじゃねえよ、ボケ!びっくりさせんな!」

 ぎゃあぎゃあと文句を言う洋平を無視し、俊介は義の前に仁王立ちになる。

 必然的に俊介を見上げる形になった義は、思わず逃げ道を探そうと視線を泳がせた。

「六平、お前、まだ感想文出してないだろ!?俺が担任に言われた!」

「あ?あー……忘れてた」

「忘れてたぁ!?おっ前なぁ、本当は書く気ないんだろ!?

「…………」

 義は眉間に皺を寄せると、うつむいた。

 洋平は2人の様子を怪訝そうに伺っていたが、近付いてくると俊介の肩を叩いた。

「何?なー、何?」

「んあ?ほら、感想文出してないの、こいつだけでさ」

「感想文?あー、あれか。何?何で上田が世話焼いてんの?」

「うっさいなぁ。しつこい、お前。クラス委員だから!担任が『六平捕まらん』って言うから」

 仲良さそうに話す俊介と洋平を、義は黙ったまま見つめる。

 それに気付いた俊介は、にっと笑った。

「山本とはバスケ部で一緒でさ。中学は別だったけど」

 誰も説明しろなんて言ってないのに、と義は思いながら、一応、うなずいてみせた。

 洋平は少々居心地悪そうに、落ち着きなく視線を泳がせ、つま先で地面を蹴っている。

「山本と六平、仲良いなんて知らなかったなぁ。言ってくれれば頼んだのに」

「いや、今、初めてしゃべったから、仲良いわけじゃなくて」

 義の様子をちらりと伺いながら、洋平は言い辛そうに否定した。

「あ、そう?」

 俊介は気にしていない様子で笑うと、義に顔を向けた。

「なら、今日、8時――いや、7時半には平気か。駅前のファミレスな!」

「は?」

「レポート手伝ってやるって言ってんの。俺、部活終わったらすぐ行くから、ちゃんと来いよ?じゃな!」

 一方的に告げると、俊介はドアへと向かった。

 洋平は迷った様子で義を見ると、俊介のあとを追った。

 やっと開放された義は、散らばっていたパンの袋を拾うと、大きなため息をついた。