「なーんか怪しい」
一条裕之が、じっと見つめてつぶやいた。その視線を感じ、百瀬仁は動きを止めた。
「何?」
「何かいいことありました?」
「俺?何で?」
「楽しそうだし、鼻歌唄ってるし」
「え、マジで?」
裕之の言葉に、仁はあわてて口元を右手で隠した。つい、浮かれていたらしい。
「で?ジンさんは、飯いらないってことですか?」
五木忠信が、キッチンから顔を出して訊いた。仁は両手を合わせ、謝る。
「出掛けるんで御機嫌なんすか?」
裕之が口を尖らせて言った。仁はにやっと笑うと、何も答えずに立ち上がった。
「遊園地なんて久しぶり」
林万沙子が楽しそうに言った。仁は買ったばかりのフリーパスチケットを1枚、万沙子に渡した。
「あ、お金」
「いいって、今日は」
「んー、じゃ、遠慮なく。ありがとう」
万沙子は少し迷ったあと、頭を下げた。不毛なやりとりをしなくて済んだことに、仁はほっとする。
会ってすぐ、しかも入り口でぐだぐだと金銭のやりとりをするのはみっともない。
園内に入ると、途端に時間の感覚がなくなった。
平日の昼間のせいか、意外と人は少ない。2人はとにかく片っ端からアトラクションに乗りまくった。
「腹減らない?」
仁が言い出したときには、だいぶ陽が落ちてきていた。
言われた万沙子はきょとんとした顔をした。そのあと、すぐに胃の辺りに手を当て、ふにゃっとした笑顔になった。
「そういえば、減ってます」
万沙子の答えに、仁は笑った。
「じゃ、何か食いに――」
仁はそう言うと、万沙子の手を掴もうとした。その自分の動きにはっとし、あわてて手を引っ込める。万沙子はそのことに気付かなかったらしい。仁はほっとし、少し戸惑った。
そのまま、手を繋いでしまってもおかしくはなかったのかもしれない。しかし、手を繋いでしまったら、取り返しがつかない。
……万沙子の左手の薬指には、亡くなった相手との指輪が、まだ、光っていた。