この間の「金スマ」に声優さんばかり総勢24人が出演してらした。
野沢雅子さんのご尊顔も久しぶりに拝することができた。最近は「アイデンティティ」ばかりだったもんなぁ。「オッス! オラ、野沢雅子」でお馴染みのお笑い芸人である。もう私的にはアイデンティティでも満足してたのであった。そのくらい野沢雅子さんは私にとって絶対的なお方なのだ。
野沢雅子さんの活躍と共に私は成長してきたといってもいい。
「ドラゴンボール」「ド根性ガエル」「銀河鉄道999」、いつも野沢さんの力強い声がテレビの前の私を励ましてくれた。
中でも一番好きなのは「ゲゲゲの鬼太郎」だ。
もう半世紀も前になるかもしれない。夕方の四時くらいから再放送をやっていた。もちろん画面が白黒の頃だ。
印象に残っているのは「ダルマ」の巻。強敵だった。巨大だるまの腹がガッパリ開くや中から小ダルマがワラワラとあふれ出て鬼太郎に襲い掛かったのである。
苦しさに顔を歪める鬼太郎。その時、目玉の親父がこう叫んだ。
「鬼太郎! 白のダルマじゃ! 白のダルマを狙うんじゃ。あれがダルマの本体じゃ!」
鬼太郎、白ダルマにとびかかる。白黒画面でも白はわかる。鬼太郎は白ダルマを掴み上げると、力任せに頭に齧りついた。
その一瞬、私はシビレたのだった。なんでこの瞬間なのかいまだにわからない。とにかく私は白ダルマにかじりつく鬼太郎にシビレ、ときめき、ほのかな恋心を抱いた。
リモコンゲタでも毛針でも先祖の霊毛でできたチャンチャンコでもない。敵をかじるという、原始的戦闘方法にワイルドさを感じたのかもしれない。
鬼太郎は異端のヒーローであった。
三等身の寸づまり、いつも裸足に下駄履きで木の上の掘っ立て小屋に住んでいる。多分、お風呂にもあまり入っていないに違いない(お父さんはしょっちゅう入っているけど)。さすがにテレビの鬼太郎はそのような場面はなかったが、原作ではタバコなんかもプカーっと吸っていた。「イモムシの天ぷら」をご馳走したかしないかでネズミ男と言い争ったりもする。
けれど鬼太郎は世の常識、価値観、風評などどこ吹く風の大人物だった。
全然、カッコよくないのに存在感は大きかった。
熊倉一雄さんのゲッゲッゲゲゲノゲーという飄々とした歌声と共に、夜のしじまからユラリと現れる存在感は他のヒーローには到底マネできるものではなかった。
カッコよかったらダメなのだ。カッコ悪いからカッコイイのだ。
鬼太郎はもしかしたら戦後の動乱を必死で生きてきた子供たちそのものなのかもしれない。
シラミだらけのボサボサ頭、腹を空かせて裸足同然で焼け野原を駆け抜けた子供たちだ。
彼にはそんな凄みがある。
話はズレた。
声優さんのことである。
野沢雅子さんの鬼太郎にほのかな恋心を抱いた私だが、初恋は別の人であった。
手塚治虫作「どろろ」に出てくる百鬼丸である。
百鬼丸の声は野沢那智さんが当てていた。
百鬼丸は父親の画策によって体のほとんどを魔神に奪われてしまった悲劇のヒーローである。親に捨てられ、村人から忌み嫌われる孤独の人を野沢那智さんはニヒルに演じていた。
原作漫画ではどろろという友を得て、時にはユーモラスに飄々とした人物と描かれていたけれど、アニメではそういう人間臭さは排除されて、ひたすらストイックであった。
無口で男前でかっこいい刀さばき、そりゃもう、小学校二年生くらいの女子はクラクラするさね!
「どろろ」では渋い演技の野沢那智さんだったが、アメリカ製のスパイドラマ「0011ナポレオン・ソロ」では一気に軽いナンパな金髪男を演じていた。
今でいうところのチャラ男風だ。
幼い私はこのチャラ男にもホの字であった。
当時はまるで疑問にも思わず、真剣に見入っていた「ナポレオン・ソロ」だが、大人になって再放送を見てそのスットコドッコイなストーリーに驚いた。
例えば、敵に捕まった主人公を仲間が助けに来る。仲間が部屋に飛び込むと主人公は両手両足を縛られてストレッチャーの上に寝かされている。身体の上には振り子のように揺れるマサカリが、そのマサカリはロープで繋がれ天井から吊るした滑車を通して手すりかなんかに結び付けられている。さらにそのロープはテーブルの上の蝋燭の炎にあぶられ、あと少しで燃え切れるところ……、といった具合だ。
さっさとピストルで打っちゃえばいいのに。こんな大仕掛け、支度だけでも一苦労だ。
大人になった私はそう笑った。小学校三年生の私が聞いたら「黙っててよ!」と怒ったに違いない。
とにかくこのまるで性質の異なる二つのキャラクターを同じ声優さんが当てていると知って驚いた。
いやいや、もっとすごいものを聞いたことがある。
野沢那智さんが白石冬美さんと「ナッチャン チャコチャン」というラジオ番組のパーソナリティーを務めていた時のことだ。
野沢那智さんはアランドロンの吹替でも有名だったが、ある時アランドロンの声で「ウンコ ウンコ」と連発したのだ。
「うわあああ」と白石さんが悲鳴をあげた。
「もう、すっごくキモチ悪いわよ!」
と白石さんは言った。その通りだった。すっごくキモチワルイのに、しかしカッコエエのである。
アランドロンのカッコよさの上にウンコが盛ってある、とでも言えばいいか、こういう時の感情を表現する日本語が見つからない。
とにかく声優さんはスゴイな、と思った。声優さんとなら一日中でも遊んでいられる。
エエ声のことをイケてるボイス、略してイケボというらしいが、イケボの第一世代は野沢那智さん、山田康夫さん(クリント・イーストウッドの声でウンコと言うのを聞きたかった)ではないだろうか。他にも城達也さん(「ジェットストリーム」!)、矢島正明さん、納谷悟朗さん、懐かしいエエ声が次々、脳裏によみがえる。
残念なことに多くの方が鬼籍に入られてしまった。
鬼太郎ファミリーも目玉のオヤジの田の中勇さん、ねずみ男の大塚周夫さんが逝かれて、代替わりした。今では野沢雅子さんが目玉の親父役と聞く。ついうっかり鬼太郎のセリフを読んでしまう、とのことだ。
どんなオヤジぶりなのか興味はあるが、子供の頃のかけがえのない記憶が薄れるような気がして見るのが怖い。