むかしむかし、伯耆国の町にとても小さな宿屋がありました。

 

 そこはまだ開業したばかりの新しい宿屋で、最初の客として行商人を受け入れました。

 小さな宿屋に良い評判を立てようという主人の望みによって、行商人は普通より親切に迎えられました。

 

 新しい宿ではありましたが、主人が貧乏なため、家具や調度品は古道具屋から購入して揃えたものがほとんどでしたが、それでも、なにもかもが清潔で快適できれいでした。

 

 客の行商人は思う存分に美味しい料理を食べ、ほどよく温められた酒を存分に飲んだ後、柔らかい床に用意された布団に横になり、うとうとし始めました。

 

 ところが、
 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」
と部屋の中から、幼い子どもの声が聞こえてきたのでした。

 

 やれやれ、誤って子どもが何人か部屋へ迷い込んだに違いないと思った行商人は、
 「ここはおまえたちの部屋ではないよ。自分の部屋にお戻り」
と優しく声を掛けました。

 

 すると、しばらくは子どもの声は聞こえなくなったのですが、やがてまた、
 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」
と優しくて、か細い、哀れな幼い子どもの声が耳元で訊ね合うのでした。

 

 行商人は布団から起き上がり、行灯に火を灯し、部屋を見回しました。

 しかし、部屋には誰もいませんでした。障子は全てが閉まっていました。押し入れを開けて中を見回しても、子どもの姿などありませんでした。

 

 怪しく思いながら、灯りをそのまま点けっぱなしにして再び横になると、すぐに枕元から、
 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」
と再びもの悲しい子どもの声がしました。

「お咲く、おらがお前のからだをさすってやろう。」

「おにいちゃん、とってもあったかいだよ。」

「お咲く、これはなんだ、ずいぶんと鞠のようにおっきいけんど、すんごくやわらかいべ。」

「おにいちゃん、やんだ、それはおらのおっぱいだべ。」

「揉んだらあったまるべ。」

「あっ!あん。おにいちゃん。ヤダ。乳首つねられると体が反り返るべ。」

「お咲く。おらは、あそこがこんただふうになっただ。さわってけろ。」

「まあ、おにいちゃん!こんただ太くて、熱くて、かたい棒が、すんごくねえか?」

「お咲くこれは一体なんだ、さっきからおまえの股がねっとりと濡れてるだ。」

「おにいちゃん。おらにもわからねえ。おにいちゃんに体さわられてたら、こんただふうになっただよ。おにいちゃんの硬い棒を、おらの中に突き刺してくれねえか?なんか、其の棒が入りそうな気がすんだ。」

「お咲く、おらもそんただこと思っていただ。今入れてやるから。」

「あーん。あん。あん。おにいちゃん。とっても気持ちがええ。其の棒でおらをついたりぬいたりしてくれねえか?」

「お咲く、おらおめえが好きだ。口を吸ってもいいか?」

「おにいちゃん。おらも大好きだ。口を吸ってけろ。」

二人はむさぼり合うように、口を吸い、舌を絡め合ったのでした。

おにいちゃんは十分お咲くを抜き差しし、お咲くは気を失ってしまいました。

ふとんは、真っ赤な血と、お咲くが拭いた潮で汚れていました。

 

行商人は寝れたもんじゃありません。

 その時、初めて客の行商人は夜の冷え込みではない、忍び寄る寒気を全身で感じました。そして、繰り返し聞こえてくる声は、布団の中からだと分かったのでした。

 

 行商人は慌ただしく少ない所持品をかき集めると、階段を駆け降り、宿の主人を叩き起こし、部屋で起こった事の顛末を伝えました。

 

 すると主人はたいそう腹を立てて、
 「大事なお客だから喜んでもらおうともてなしたのに、本当は大事なお客どころか大した大酒呑みで悪い夢でもごらんになられたんでしょう」
と言い返しました。

 

 それでも客の行商人は、さっさと宿代を払って、
 「どこか別の宿を探す」
と言い張って出て行ってしまいました。

 

 次の日、ひと部屋泊まれないかと別のお客がやってきました。

 夜更けになって、宿の主人は同じ話で泊まり客に叩き起こされました。そして、この泊まり客は、不思議なことに全く酒を飲んでいませんでした。

 

 何かの妬みから宿屋を潰そうと企んでいるのかと主人は疑い、
 「縁起でもない。この宿は手前どもの生きる術なんです。そんなありもしないことをおっしゃらないでください」
と主人は感情的に答えました。

 

 これにはお客も怒ってしまい、大声で文句を言いながら宿を出て行ってしまいました。

 

 変なことを言われてはたまらないと主人は憤慨しましたが、お客が去った後、奇妙な出来事が続いたことを不思議に思い、布団を調べるために例の部屋へと向かいました。

 

 部屋に入って、しばらくすると、
 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」
と子どものもの悲しい声が聞こえてきました。

 

それから男女の契りが始まりました。

 

 宿の主人は、その声を聞いて、お客が本当の事を言っていたと気づきました。

 そう思いながら、よく声を聞いていると、どうやら呼び掛けるのは、一枚の掛布団であることが分かりました。残りの布団は静かでした。

 

 宿の主人はその掛布団を自分の部屋へ運び、それを掛けて寝ることにしました。

 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」

 

その後の兄と妹の契りの声は、一晩中続き、主人は一睡もできませんでした。

 

 朝になり、この掛布団には、きっと何か訳があるのだろうと思い、宿の主人は布団を購入した古道具屋へ行きました。

 古道具屋の店主に布団の出所を訊ねると、
 「布団は小さい店から買ったので自分には分からない」
と言われました。

 

 そこで、布団を仕入れた前の店、そのまた前の店というように、宿の主人は次から次へと布団の出所を辿っていくうちに、ついに布団の元の持ち主を突き止めることができました。

 

 その布団の持ち主は、町のはずれにある一軒の小さな借家に暮らす家族でした。

 その家族は、大変に貧しく、家賃を払うのがやっとだったところに、父親が死に母親も死に、とうとう身寄りのない小さな兄と妹だけになってしまいました。

 

 兄と妹は家財道具や着物を売って暮らしていましたが、とうとう一枚の掛布団が残るだけになりました。

 寒さが厳しい冬のある日、家賃が払えなくなった兄と妹は最後の掛布団を大家に取り上げられ、家から追い出されてしまいました。

 

 何処にも行くあてのない兄と妹は、大家が去ると、こっそり元の借家に戻り、そこで寒さによる眠気を感じ、お互いに温まるようしっかりと抱き合って眠りました。

 

二人は結ばれたのです。

 

 「おにいちゃん、寒かろう?」
 「お咲く、おまえ、寒かろう?」

 

 眠りについた兄と妹に、神様が新しい掛布団を掛けてくれました。

 もはや寒さを感じなくなった兄と妹は、幾日もそこで眠り続けました。

 

 数日後、二人の遺体が発見されると、兄と妹を不憫に思った人々が、千手観音の寺の墓場に二人の新しい寝床を作ってあげました。

 

 この話を聞いた宿の主人は、掛布団を寺に運び、お経をあげてもらいました。

 それからは、もうこの掛布団がものを言うことはなくなったそうです。

 

この物語は、小泉八雲が妻のお節から毎晩聞いた怪談の一話です。

英語のできないお節が、日本語のわからない八雲にどう説明したのかは誰にもわかりません。

そこには二人にしかわからない言葉がありました。

 

お節さんこわい!

八雲はお節の話を心底こわがりました。

 

お節は着物の股間を開けて八雲を招きました。

「今夜は十分かくまってあげませふ。」

と言って、着物で覆ったそうな。