ポコペン映画館

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極々私的偏見きまぐれ映画感想

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le weelend

ウィークエンドはパリで

LE WEEK-END

2013年 イギリス 93min

結婚30周年を、新婚旅行で訪れたパリで祝うイギリス人老婦。

来てみるとホテルはひどく、階段に息切れしてなんだか楽しめない。

それでも何とかロマンチックな雰囲気にもっていこうとするも

夫は勤める大学からクビを言われており、妻も長年溜め込んでた

夫への不満が見え隠れ。

そんな中、夫の旧友とパリで再会。売れっ子作家の旧友からパーティーに

誘われ、スノッブだけどリッチなパーティーで妻は夫への想いを述べる・・・。


台詞の合間からふたりの積み上げた時間が垣間見え、ちょっとユーモラス

なエピソードを入れながらストーリーは進んでいく。


売れっ子作家の旧友のパーティでの妻の台詞が、クライマックスとなることは

わかってくると「さて、なんて言うんだろう」と想像しながら見ていくと

・・・・そうきたか、と・・・。


う~ん、やられた。

あんな短い台詞で、しかも何も特別でない言葉で、こっちの胸の奥まで

染み込んでくる。


十代のキラキラする恋愛モノはさすがに見られない年齢になってきて

こういう年代の染み入るような映画はたまらないですね。


観終わって市川準監督の『東京夜曲』が観たくなった。

自分の年齢に合った映画を探すのもひと苦労ですね。


ポコペン映画館-2046





やっと観たウォン・カーワイの映画。

カーワイ好きのワタシとしては、何とも困った作品だ。


『欲望の翼』や『花様年華』あたりの流れを、さらに発展、進化させた

なかなかいい映画だけど・・・・“ただし”が付く。



「木村拓哉が出てなければ」っていう条件付き。



クリストファー・ドイルの素晴しい映像と、ナイスな音楽。

「いつものカーワイだ」と思って楽しみに観てると、フッとよぎる

「・・・でも木村拓哉出てるんだよなぁ」っていう、何とも苦い感情。


やがてご登場。

「・・・やっぱり」って思いっきり落胆。

いつものニヤケ顔と空鼻すすり、ブロークンな喋り方・・・・

それが内容に沿ってるもの(キャラ設定としての演技プラン)であれば

いいと思うけど、感じるのは「またおんなじことやってるよ」っていうトホホ感。

劇中で使われてる広東語(違ってたらすまん)でも喋るならまだしも

日本語だし。

たまんないくらいいつもといっしょ。

・・・まぁ、それがいいってマーケットもあるんだろうけど

今じゃだいぶダウンサイズしちゃってるんじゃない?


それでもすぐにいなくなるのでまた映画に浸ってると、なかなか心地よい。

ちょっとだけやり過ぎ感はあるけど、こういう方向で進化・深化させてくと

あんなふうになっちゃうし、出来がいいんだから文句があろうはずもない。


忘れかけてた頃、またご登場・・・・

しかもカーワイ的には「どうでしょう?」ってカンジのSFチックなシーン。

両方の意味でドホホが倍増しちまった。


「木村拓哉」という固有名詞には、いろんな意味がベタベタ貼りついてる。

良くも悪くもだけど、いろんなコンセンサスも取り付けてて、これ以上ないくらい

巨大化してしまってて、もうワケわかんないくらい。


でも、それはこの国に限ったこと。

他の国では「No Name」。

って前提で映画に臨み、数ある選択肢の中から

いつものスタイルをチョイスしたんならいいけど

そういう取捨選択感は垣間見えない。


自分のスタイルを押し通すのがスターの条件、って考え方もあるけど

モノには程度、ってもんがあるし。

それに「この後はハリウッド」的な無謀な野望でも持ってりゃ

笑って済ますけど、そういうのも垣間見えない。

いつもの居心地のいい場所に戻ってるし。



どうだろう、この御仁のシーン、全部切ってしまっては。

多少ハナシが繋がらなくなるけど、ギリ許容範囲内だと思う。

カーワイの世界を思いっきり邪魔してるし、他の演者さんに迷惑だ。

それに木村拓哉にとっても、この映画に出ることが決してプラスに作用

してるとも思えない。

三方丸くおさまるんじゃなかろうか。



とにもかくにもこの映画、木村拓哉が出てなけりゃ

もっといい評価になると思う。


なんでカーワイはキャスティングしたんだろう。








ポコペン映画館-uwasano



まだ公開前の映画で、観てない。

今後も観ることはないと思われる。


観もしない映画について語るべきことは何もないわけで

じゃあ一体何に?となるが、サラ・ジェシカ・パーカーについてである。


結構な長さのキャリアだったと思う。

『フットルース』に出てたくらいだから。

あまりパッとせず、『Sex and theCity』で何とかメジャーになるも

いまいちパッとせず、また性懲りもなくこういう映画にご出演となった。

他の国ではしらないけど、少なくとも日本では『Sex and~』の客層を狙っての

この映画の媒体への頻繁な露出=広告宣伝費の垂れ流しと想像できる。

たぶんDVDまで含めれば、充分回収可能なんだろう。


『Sex and~』の時から思ってたんだけど、何だろうこの女優さんの《安さ》感は。

特別気にすることじゃないけど、今回の『噂の~』の予告編観て気づいた。



「映画俳優が絶対やらないTVドラマ俳優の演技だからだ」



予告編でも何度かやってるけど、やや斜め前方のカメラからのショットの時

アゴを引いて、顔を少しだけ上げる時に、下げてた目線を顔よりもっと上に上げて

相手を見る、っていう(多分)キメポーズ・・・・・・・


これ、安すぎるでしょ。ひと山なんぼってカンジ。

昔アムロとか輩出した沖縄の芸能学校(みたいなところ)の幼い生徒たちが

当時絶頂のアムロを真似してやってて、気持ち悪かったの思い出した。

(同じ気持ち悪さは、今なら演歌歌うこまっしゃくれた女の子。名前は知らない)

ミュージシャンが振り付けの中のワンポーズでやるぶんにはまだマシだけど

何とかのひとつ覚えみたいに、そればっかりやってるとバカに見える。

サラ・ジェシカ・パーカーはいまどき、それもスクリーンの中で何度もやってるんじゃ

あまりにも芸がない。

まがいなりにもハリウッド女優、って言われてる主役クラスの人って

こんな演技しないもの。



それから、この人の外見。メイクとか所作。



アメリカのニュース番組の女性キャスターのヘアメイクやファッションって

こっちから見るとちょっと違和感があるけど、ああいったのが受け入れられてるんだろうか。

でもこっちから見ると、そこに感じるのは「やりすぎだろ」って感覚。

「もっと」「もっと」って行き過ぎちゃって、感覚がマヒしてんじゃないかって思える。

でも決してゴージャス感やありがたみ感はない。

「なんか薄っぺらいなぁ」


で、それはアメリカのTVドラマを見てても同じ。

薄っぺらな演技とセリフ。

ニヤケ顔(多分「俺のナイスな笑顔だ」ってことなんだろうけど、アホにしか見えない)で

薄~いセリフ(TVドラマだから説明が多くなっちゃうんだろうけど)を言われてもねぇ・・・。

それはたぶん“テレビサイズ”としてはOKなんんだろうけど

同じ事をスクリーンでやっちゃうと、その“薄さ”はより拡大されちゃう。


サラ・ジェシカ・パーカのヘアメイクや所作にも同じものを感じる。

キャンペーンとかセレモニーの時には、流行り廃りがあるから仕方ないにしても

スクリーンの中でそれやっちゃうと「ああ、やっぱりTVドラマの人なんだ」って

感じちゃう。



サラ・ジェシカ・パーカーって、何から何まで完璧にアメリカのTVドラマサイズ。

そこにドンピシャはまってるところで、映画に出ると「安~い」カンジになる。

《TVドラマ俳優》っていう概念もしくはカテゴリーが、アメリカにはまだありそうだし

そういうのが「ある」という前提で言うと、「所詮TVドラマの女優」ってことになるのかな。


アメリカのTVドラマが全て嫌い、悪い、って訳じゃないけど

“TVドラマ臭さ”プンプンの人は、映画じゃちょっと使いづらいだろうなぁ。

だって"臭い”んだもん。






ポコペン映画館-parkand




PFFで賞を取って、PFFスカラシップで撮った作品とのこと。

第一回長編監督作品で、ベルリンで最優秀新人賞・・・・

いやはやすごいね、熊坂出監督。

いきなりバーが上がっちゃったけど、次回作は大丈夫かいな、

なんてのは余計なお世話だし、どうでもいいことですね。すいません。



この作品、とても素晴しい。

「ラブホの屋上が公園」ってワンアイディアだけの映画だと思って

ほったらかしにしてたんだけど、とんでもない。

とてもよくできた群像劇。


ラブホをひとりで経営する初老の女性・艶子。

屋上は公園として開放している。

そこにやってくる三人の女性。

艶子との係わりを通して、四人がそれぞれ変わっていく。


四人の女性を見つめる目線はとてもやさしい。

ヒリヒリするような感情を、監督は、演者は丁寧に描いていく。

失われたモノ、それを取り戻すのか、そのことを受け入れるのか・・・

選択肢はいくつかあるだろうけど、何が正解かなんてことは

分かるはずがなく、迷いながら戸惑いながら、それでも前へ進もうとする。

その姿は決して“熱い”モノではなく、もっと“体温”に近い温度ように自然だ。



見えにくい部分もあるけど、それもこちらで考えていけるように作られている。

語りきらず、描ききらず、そえでも伝わってくるものがある。

素晴しい構成力とシナリオ。

そして画も素晴しい。落ち着いた色調で構図もいい。

これだけの画が撮れて、映画としてもバランスがとれてる、なんてめったにないと思う。

優れた映像作家による、優れた映画ってなかなかないからなぁ。



レンタルDVDの特典でPFFアワードで賞を撮った作品『珈琲とミルク』を

観たんだけど、これまた素晴しい。

思わず泣きそうになった。

子供を描いた作品で、これだけいい作品に出会ったのは久しぶりだった。



第一回監督作品がこれほど評価が高いと、余計な雑音とか茶々とか入ってくるの

かもしれないけど、次回作はいつになってもいいから、撮りたい作品を

撮りたいように作って欲しいな、って思います。


待ってることも楽しみのひとつだし。

待ってる甲斐もありそうな監督さんです。






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アン・リー~~~~~~~!(ノ_-。)



アン・リー~~~~~~~~!(ノ_-。)



アン・リー~~~~~~!(ノ_-。)


こういう映画観ると、泣きたくなっちゃうよ。

アン・リーでなくてもよかったんじゃ・・・。

この後アン・リーが作った映画のことを考えると「通過儀礼だったのかなぁ」

って自分を納得させるしかないけど・・・・・・。


でも、これはヒドすぎる。

ストーリーも構成もテーマも何もない。メチャクチャだ。

対立概念もぼやけてて、エンターティメント映画としても

全く楽しめない。

『アンブレイカブル』以来二度目の“腹が立った”映画。

がっかりだ。