まだ公開前の映画で、観てない。
今後も観ることはないと思われる。
観もしない映画について語るべきことは何もないわけで
じゃあ一体何に?となるが、サラ・ジェシカ・パーカーについてである。
結構な長さのキャリアだったと思う。
『フットルース』に出てたくらいだから。
あまりパッとせず、『Sex and theCity』で何とかメジャーになるも
いまいちパッとせず、また性懲りもなくこういう映画にご出演となった。
他の国ではしらないけど、少なくとも日本では『Sex and~』の客層を狙っての
この映画の媒体への頻繁な露出=広告宣伝費の垂れ流しと想像できる。
たぶんDVDまで含めれば、充分回収可能なんだろう。
『Sex and~』の時から思ってたんだけど、何だろうこの女優さんの《安さ》感は。
特別気にすることじゃないけど、今回の『噂の~』の予告編観て気づいた。
「映画俳優が絶対やらないTVドラマ俳優の演技だからだ」
予告編でも何度かやってるけど、やや斜め前方のカメラからのショットの時
アゴを引いて、顔を少しだけ上げる時に、下げてた目線を顔よりもっと上に上げて
相手を見る、っていう(多分)キメポーズ・・・・・・・
これ、安すぎるでしょ。ひと山なんぼってカンジ。
昔アムロとか輩出した沖縄の芸能学校(みたいなところ)の幼い生徒たちが
当時絶頂のアムロを真似してやってて、気持ち悪かったの思い出した。
(同じ気持ち悪さは、今なら演歌歌うこまっしゃくれた女の子。名前は知らない)
ミュージシャンが振り付けの中のワンポーズでやるぶんにはまだマシだけど
何とかのひとつ覚えみたいに、そればっかりやってるとバカに見える。
サラ・ジェシカ・パーカーはいまどき、それもスクリーンの中で何度もやってるんじゃ
あまりにも芸がない。
まがいなりにもハリウッド女優、って言われてる主役クラスの人って
こんな演技しないもの。
それから、この人の外見。メイクとか所作。
アメリカのニュース番組の女性キャスターのヘアメイクやファッションって
こっちから見るとちょっと違和感があるけど、ああいったのが受け入れられてるんだろうか。
でもこっちから見ると、そこに感じるのは「やりすぎだろ」って感覚。
「もっと」「もっと」って行き過ぎちゃって、感覚がマヒしてんじゃないかって思える。
でも決してゴージャス感やありがたみ感はない。
「なんか薄っぺらいなぁ」
で、それはアメリカのTVドラマを見てても同じ。
薄っぺらな演技とセリフ。
ニヤケ顔(多分「俺のナイスな笑顔だ」ってことなんだろうけど、アホにしか見えない)で
薄~いセリフ(TVドラマだから説明が多くなっちゃうんだろうけど)を言われてもねぇ・・・。
それはたぶん“テレビサイズ”としてはOKなんんだろうけど
同じ事をスクリーンでやっちゃうと、その“薄さ”はより拡大されちゃう。
サラ・ジェシカ・パーカのヘアメイクや所作にも同じものを感じる。
キャンペーンとかセレモニーの時には、流行り廃りがあるから仕方ないにしても
スクリーンの中でそれやっちゃうと「ああ、やっぱりTVドラマの人なんだ」って
感じちゃう。
サラ・ジェシカ・パーカーって、何から何まで完璧にアメリカのTVドラマサイズ。
そこにドンピシャはまってるところで、映画に出ると「安~い」カンジになる。
《TVドラマ俳優》っていう概念もしくはカテゴリーが、アメリカにはまだありそうだし
そういうのが「ある」という前提で言うと、「所詮TVドラマの女優」ってことになるのかな。
アメリカのTVドラマが全て嫌い、悪い、って訳じゃないけど
“TVドラマ臭さ”プンプンの人は、映画じゃちょっと使いづらいだろうなぁ。
だって"臭い”んだもん。