7月から、こんなに重なっていいのか?てくらい、とても苦しい事が続いていたので
記録しておこうと思う。
●7月中旬。父から大事な話があるというLINEが入る。嫌な予感がした。
予想は的中。癌が見つかった。
詳しい検査はこれから。母1人は心配なので、兄とも連絡を取り交互にサポートするとに。
●7月下旬。病院付き添いするため、前もって個人的にpcr検査を受けに行った。受けたのは木曜日、結果は土曜の朝。
同日、ニコから熱があると連絡あり。発熱外来やってる所聞くもいっぱいで無理。
pcr受けられる近くの病院を探して受診。結果は金曜日。
●金曜午後、病院から陰性連絡が来てホッとしたもの束の間。夜再度連絡があり陽性、デルタ株だったとの結果。
●土曜日朝、私の結果は陰性。
●日曜の昼間、やっと保健所から電話がかかってきた。本人とも私とも話す。隔離できる部屋がなく、夏休み中なのと在宅勤務で隔離が難しいからホテルを希望するも、全く選択肢として出される気配もなく満室で×。
療養開始日、終了日の通知。毎日の報告業務について。療養中の連絡先や制限などなどを確認して通話終了。
ニコの具合は悪くなる一方。空咳が酷くなってきて、食欲がどんどんなくなる。
38.5℃超えはもうまる3日。
●月曜日。濃厚接触者のpcr検査をニコが受診した病院に連絡し🆗だったので午後来院。私は一度検査済で除外。
結果は翌日。
●火曜日。2人の陰性確認。
●それ以降は目まぐるしい看病で記憶が飛んでいる。
発症7日目にようやく解熱。少しずつ咳も落ち着いてくるが、嗅覚、頭痛、胸の苦しさは暫く戻らず。
●8月初旬、ニコ療養終了。
●自宅待機中、父の精密検査結果を兄から聞く。この結果待ちと看病で心身崩壊寸前の私。
●8月中旬、父手術。成功
●全員療養終了。体力ガタ落ち。
●コロナでてんやわんやで、自分の年代のワクチン接種開始日に出遅れて、全く予約が取れない。10日間くらい格闘。
●注文したつもりのパルスオキシメーターが注文できてなくて、気づいたらどこもかしこも品切れで買えず。
●家族ができて20年記念にシー予約したミラコ。グッズのために前倒しで取り直し。
●更には確認したのに、予約後にニコちゃんが始業日間違えてて行けないと言い出し、また希望部屋とチケ取り(宿泊当日にインしたいから)予約格闘。
●9月初旬、一人暮らしの兄が救急搬送。
コロナ自宅療養中に急変。肺が真っ白で一日遅かったら死んでたと告げられるほど悪化。呼吸器装着
●現在、ニコの後遺症とみられる症状は未だ複数あり。若い女性で症状軽い人ほど長引くとの話もあり2ヶ月経ったら後遺症外来予約予定。
私はもしかしたら罹っていたのか、お風呂上がりに血圧がぐっと下がるような現象複数回、コロナ前と同じマスクしていても苦しくなりやすく、息切れしやすい、動悸、疲れやすい、などなど。
と約2ヶ月弱が、とてつもなく大変な日々だった。
⭐️兄については、お医者様はじめ治療に携わってくださった皆様、また容体急変時に即座に病院に連絡を取り、搬送に協力してくださった保健所の方々のおかげで、無事回復し退院の運びとなりました。
今書いて振り返るだけでも、なんかすごかったな…