朝食の風景もすさまじくなったなぁ、とブルーはのんびりと思った。朝っぱらから肉のたっぷり入った、朝日を反射するように油で燦然と輝くカレーにぱくつくイエローは兎も角・・・ブルーはイエローの隣で涼しい顔をしながら5杯目のおかわりを求めて茶碗をピンクに突きだすグリーンを見た。
「何? どうかした?」
にこりと眼鏡の奥から端正な微笑みを向けてくるグリーンに、なんでもないと告げて、自分の食事に戻る。
グリーンが来て、そろそろひと月になる。
彼の加入で戦闘中のブルーの負担はかなり軽減された。彼の用意したデータは正確無比で、隙のない情報さえあれば、突発的な行動に走るレッドやピンクのフォローもさほど難しくない。
不思議な男だと思う。
柔和な笑みを絶やさない、どこか洗練された立ち居振る舞い。やや神経質そうな嫌いはあるものの、美形と呼べるほど整った容姿に明晰な頭脳。
如何にも頭脳派といった感じだが、警戒心の強いブルーでさえ気付けば彼を受け入れてしまっている。
ましてや、単純な・・そこまで考えて、ふと思い立って隣を見た。
案の定、レッドは早々に箸を置いてしまっている。見れば、全体の三分の一にも手を付けていない。
「おい、もっと食えよ。朝飯は全ての活力の元だぞ」
「え・・」
茫然と目の前の二人を見ていたレッドがこちらを向いて、でも、という顔をする。
戦闘中は血気盛んに一番に飛び出していくくせに、意外と神経の細いところのあるレッドは、イエローとグリーンの食欲に見ているだけで腹が膨れてしまったらしい。気持ちはわからなくもないが、ただでさえ運動量の多いレッドだ。栄養補給はいざという時の為にも取っておいた方がいい。それに、実年齢は知らないがおそらくレッドはまだ成長期の最中だろう。
驚くほどの身体能力に恵まれたレッドの身体つきは十分に成人のそれであったが、意志の強そうな瞳にどこか少年の純粋さを残している。
「残したら作ってくれたピンクに悪いだろ」
ちょっと卑怯かとも思うが、レッドの弱いところを突くと、ちらりとキッチンの奥を見やって、食欲はなさそうな顔をしたまま、それでも箸を取った。
レッドがピンクにほのかな恋心を抱いているのは、メンバーなら、入隊して間のないグリーンですら知っている。ピンクだって気付いているだろう。
気負い過ぎて視野を偏狭にしてしまう欠点はあるが、基本的に人懐こく素直な人好きのする性格をしているし、鋭角の弛みのない顎のラインや笑った時に覗く白い歯列に清潔感があって、配置の整った貌立ちは女受けすると思うのだが、ピンクが相手では荷が勝ちすぎるらしい。
「あら、レッド、どうしたの。箸がすすんでないわね」
グリーンの茶碗に、まるで仏前にでも備えるようにてんこ盛りに米飯を積み上げてキッチンから戻ってきたピンクがレッドの前の皿を見てレッドに話しかける。
「そうかな」
「なんだ、意外に小食なんだな、レッド」
悪気のない調子でグリーンが口を挟む。お前が来る前までは普通だったんだが、と言いたくなるが、やめておく。この程度で食欲をなくすレッドが悪いのだ。グリーンは何も悪くない。
おそらくだが、レッドはかなり育ちがいいとブルーは思っている。ブルーの育ったような環境では、レッドのような性格は形成されない。人を疑わず、善人であることを前提に他人と接することが出来る彼を甘いと嘲笑おうとは思わない。出来れば、いつまでもレッドが今のままの彼であってくれればいいと思う。自分がとうに失ってしまった何かを持ち続けるレッドをたまに眩しいと感じることは否定できないにしても。
「朝はちゃんと食べないと大きくなれないわよ」
ふと我に返れば、集団登校中の上級生のような顔でピンクがレッドにそんなことを言っていた。メンバーの中でレッドに一番年が近いのはピンクだろうに、彼女が殊更姉ぶってレッドを一番子供扱いしている気がする。
「小学生じゃないんだから」
同じようなことを考えたらしいレッドが苦笑を返すが、ピンクは態度を変えない。
「似たようなものよ。じゃあ、これだけでも食べなさいよ」
言いながら、エプロンのポケットからバナナを取りだす。ピンクのポケットは四次元なのだろうか。そんなに膨らんでいるようには見えなかったが。
「・・ん」
それほど心を引かれている様子でもなかったが、ピンクの差し出したものであるし、レッドが素直に手を伸ばそうとしたとき、きゅるん、とピンクが何かを思いついたように大きな瞳を輝かせた。まるで悪戯を思いついた小学生のような顔。長い睫毛に縁取られたどんぐり型の大きな瞳、小ぶりだが筋の通った鼻筋につんと尖った桃色の唇、バービー人形のように愛らしい印象を与える彼女の外見とは裏はらに、彼女が実はジャッキー人形であることはメンバーなら今ではレッドですら知っている。
まずい、と思う。
彼女がそういう顔をするときは大抵、碌でもないことを思いついた時だ。
「ねぇねぇ、」
「おい、ピンク」
彼女を遮ろうとしたが、遅かった。
「イエローのうんちってきっとこんなのよね」
「・・・」
「・・・」
突っ伏してしまったレッドでなくても食欲はなくなるだろう。
「あら、どうしたの? レッド、バナナ嫌いだった?」
他意はないらしいピンクは無邪気にあどけない顔を見せる。
「ピンク・・・」
眉間を揉みつつ、口を開くが、彼女の差し出したバナナをひょいと横から奪う腕があった。
「食わないなら貰うぞ。食後のデザートが欲しかったところだ」
先ほど受け取ったばかりの茶椀飯をもう平らげたらしいグリーンが、涼しげな表情でそう言う。
・・・あの発言の後でも食えるのか。
呆れて彼を見やるが、隣ではレッドが妙にきらきらした瞳をグリーンに向けていた。
いやいや、違うだろう、レッド。そこは尊敬するところじゃない。
「ごちそうさま!」
ある意味当事者のくせに、今までのやりとりに全く気付いていなかった様子のイエローが、幸せそうにそう言って、かぶりついていた皿をどん!とテーブルに置いた。ジト眼のブルーに気付いてきょとんとした瞳を向けてくる――イエローの瞳はながい前髪に隠れて見えやしないのだが。
「ん? どうしたの、ブルー」
「・・なんでもない」
かくりと肩を落とすと、グリーンが面白そうにこちらを見ていた。そうだ、もとはといえばこいつが原因なのだった。
「あの発言のあとでよく食えるな」
平気でバナナにぱくつくグリーンに若干恨み混じりにそう言うと、グリーンはにこりと下手をすればピンクよりも艶やかな笑みを見せる。
「バナナがバナナであることの本質は変わらないからな」
「・・・」
こいつに口で勝とうと思ったのが、そもそもの間違いだった。
そうそうに白旗をあげたブルーの隣で、今度はピンクがきらきらした瞳をグリーンに向けていた。
もう勝手にしてくれ。
たまたま持っていた栄養ブロックをポケットから取り出してレッドに投げると、ブルーは席を立った。
「腹減ったら食えるようにもっとけ」
「サンキュ」
唐突に投げ渡されても、レッドは簡単に受け取る。反射神経はもとより、動体視力がいいのだろう。色々と節穴なところもあるが。
「そういうブルーだって残しているじゃない」
「ダイエット中なんだよ」
背中に声を掛けてくるピンクにひらひらと手を振ってこたえてブルーは食堂を出た。脚は自然とチャッピーのいる赤い屋根の家へと向かう。
道すがら、なんとなく空を見上げれば、どこまでも突き抜けるような雲ひとつない青空が広がっていた。
今日も暑い日になりそうだ。
暑さの苦手なチャッピーへの土産は何にしようか。
そんなことをのんびり考えながらブルーは既に通い慣れた道を歩いた。
――それは、どこにでもあるありふれた日常の朝で、俺たちはこの時、こんな朝がずっと続くのだと意識するでもなく無邪気にそう信じていた。