「もし、1度だけ人生を好きな時間に戻ってやり直す事が出来るとしたら何才の時に戻る?」とお食事の席の雑談をした事がありまして。
私は「3才」と即答。
同席の皆さんに「遡り過ぎ」と不思議がられました。
3才というのは私にとって最初のターニングポイント。
自分の中で「(精神的に)生まれ直し」をした年でもあります。
それまでの私は本能のままに好き勝手言動する生き物。
ストレスフリーでノビノビ育ったと言えば聞こえはいいですが、本当に野生児(というよりは野獣?手のつけられない暴れん坊?)だったようです。
そんな3才前後の私に。
何故か突然「弟が生まれる」「お姉ちゃんはシッカリしないといけない」事を理解した日がありまして。
その日を境に「自分と周囲のバランス」という事を考えるようになりました。
同時に感受性もどんどん鋭くなった時期。
父と珍しく買い物に出かけ、お友達の誕生日プレゼントを選んでいた、その日。
私はお花型の子供用お風呂セットに一目惚れ。
それまでの私は(自分用に)買ってもらうまでデパートの床に転がって泣き叫ぶワガママを日常的にやっていたのを「もう、そんな事しちゃダメだ」という自制心が突然生まれました。
とはいえ、根が超ワガママ。
コダワリが強く集中すると周りが見えなくなる性質を。
つい先程まで開放しきっていた若干3才で押さえ込むのは無理がある話。
未練たっぷりに、そのお風呂セットをガン見。
察した父の「お前も欲しいのか?」の問いには意地で首を横に振り、その日は友人へのプレゼント分だけ買って貰って帰宅しました。
「珍しい良い子&我慢」っぷりに同情した親が、後にご褒美として似た商品を購入サプライズしてくれる事になり。
「コダワリを代替品でごまかされた残念感」と
「我慢した努力を無にされた悔しさ」と。
「別モノとして気に入ったチューリップのお風呂セットの嬉しさ」と。
「複雑な心境で上手く両親に感謝できなかった申し訳なさ」と。
今でも黄色いチューリップを見ると、この複雑な感情を思い出して心がキューっとなります。
しかし、この時期から意志を持って言動するようになったので、人生で一番賢く(対自分比)、言動の因果という事も計算する様になりました。
今もある大通の噴水前で。
噴水の後ろの建物は1998年に経営破綻した北海道拓殖銀行(現:大通ビッセ)。
この頃の私は。
親が職場の人から頂いた万博土産の風呂敷で参加国(今調べたら77か国)の国旗と国名のブラインドテストに答えられ、街中の看板も読める天才振り(現在がおバカだから、敢えて大声で自分を天才呼ばわりさせて頂きます。今では日本以外の国旗は判りませんし、お世話になった社旗すら怪しい....)。
この写真の時も
「たくぎん(現北洋銀行/当時の北海道拓殖銀行)」
「National(現パナソニックブランド)」
「北海道新聞」
と、看板を読みながら噴水をグルグル回っているのを、愛社精神に溢れた北海道新聞の記者さんが「こんな小さな子に我が社が認識されている!」と感謝サービスで撮影してしてもらったというエピソード付き。
(3才で漢字、かな、ローマ字の読み分けしていた私ですが、大人になってから"Hello"が読めなくて友人に唖然とされる、お間抜けっぷり)
この写真の撮影は母で、左側に写っている影が私を撮影している新聞社の人だそうです(母談)。
今でも花に彩られるこの場所は好きな場所の一つで、噴水脇のベンチに腰掛けて懐かしく看板を眺めたりしています。