認知症の予防
認知症予防できるの?
「ドットの会」ではパソコンを駆使して、ミニコミ誌をつくっている。
みんなで教え合いながら、楽しそうに取り組んでいる(東京都世田谷区で)
運動や趣味 継続は力
最近、「ぼけ予防」「認知症予防」という言葉をしきりに聞くようになった。頭を使えば、認知症の予防になるとも言われているが、本当だろうか。最近は人の名前がすぐに思い浮かばないことが増え、ぼけ予防が気になっていた探偵はさっそく調べることにした。(斎藤雄介)
記憶改善 世田谷区で調査
認知症予防に取り組んでいる人の話を聞いてみようと、東京都世田谷区を訪ねた。同区では2002年から、ウオーキングと趣味の活動などを組み合わせた認知症予防活動を展開していて、現在、約30グループ、240人が参加している。 「できた」 パソコンで名刺をつくりあげた伊藤祐介さん(77)が喜びの声をあげた。伊藤さんが加わっているのは7人で活動する自主グループ「ドットの会」。パソコンに取り組む集いが週1回。その間にも、メンバーはウオーキングと知的活動にいそしみ、記録をつけて会で報告する。 伊藤さんは知的活動として1日前の日記をつけているという。「ウオーキングで体力がついたのは自分でもわかります。記憶力が伸びたかどうかはわからないけど、知的能力が後退していることはないと思います」 実際、この世田谷区のプログラムに参加した人は、記憶機能や注意機能の面で改善効果があったという中間報告が05年にまとまっている。
プログラムを開発した東京都老人総合研究所に、参事研究員の本間昭さんを訪ね、「認知症は予防できるのか」という質問をぶつけてみた。
「絶対確実と言える証拠は世界中にありません」と意外な答え。実は、確実と言うためには厳密な研究が必要なのだという。 理想的にいえば、2000人ぐらいの集団から無作為(偶然)に選んだ半数がプロジェクトに参加し、半数は参加しないことにする。数年を経て、参加者と不参加者のアルツハイマー病の発症率を比較する。専門的には「無作為化比較試験」と言われ、「エビデンス(証拠)のレベルが高い」と評価されるらしい。
世田谷の研究では、希望者にプロジェクトに参加してもらっていて、無作為に選んだわけではない。
「しかし、理想的なエビデンスとは言えなくても、運動や知的活動が認知症予防につながることは、世田谷を含めた様々な研究でわかっています。そもそも脳血管性認知症については、脳卒中を防げばいいのは確実。そのためには、楽しみながら運動をしたほうがいいのです」
もう1か所、茨城県利根町でも01~05年にかけて大規模な研究が行われていることがわかり、研究に携わった筑波大学教授の朝田隆さんを訪ねた。運動や栄養、睡眠の改善指導をしたグループの認知症の発症率は3・1%。指導しなかったグループの4・3%より低かったという結果を教えてもらった。ただし、無作為化比較試験ではない。
「だいたい、半分の人に『運動をするな』と命令できるわけはなく、無作為化比較試験は非常に難しいのです」と朝田さん。
利根町では、運動として行われた「フリフリグッパー」というダンスが楽しいと評判になり、今も続けられている。
「運動によって気分が好転し、ストレスの減少、抑うつ度低下など認知症予防以外でも効果が出ている」と指導に当たった征矢(そや)英昭・筑波大助教授。
「認知症は予防できる」とは言い切れない。しかし運動や趣味を楽しく続けることが予防につながる――それが現時点での結論のようだ。
【証言】野菜や魚お勧め
「認知症の人と家族の会」顧問の三宅貴夫医師の話
主に海外での研究から、アルツハイマー病になりやすい「危険因子」、なりにくい「保護因子」がわかりつつあります。
危険因子は、〈1〉高血圧〈2〉高脂血症〈3〉糖尿病〈4〉肥満〈5〉喫煙〈6〉頭部の打撲。その多くは生活習慣病と言われるもので、脳血管性認知症の危険因子と重なります。
保護因子は〈1〉野菜や魚、果物を取ること〈2〉運動〈3〉知的活動や社交活動。
認知症がどれだけ予防できるのか確実な証拠はありませんが、こうしたデータを日常生活の中で生かすことは考えてもいいのではないでしょうか。体重、血圧、コレステロール、血糖を望ましい値に保ち、食事に気をつけ、運動し、興味のある知的活動をして仲間と交わる。
ただ、このアドバイスを忠実に守ったからといって、アルツハイマー病にならないとは言えません。
認知症予防の決定的方法が明らかになっているわけではないので、よいとされることで自分ができることをバランスよく行うことだと思います。
【データ】2025年に323万人
認知症の中で、一番割合が多いのがアルツハイマー病。次が脳卒中などによって引き起こされる脳血管性認知症だ。残念ながら、アルツハイマー病の原因は不明な部分が多く、根本治療薬は開発されていない。 認知症の危険因子の中で、最も確実なのは年齢。つまり、日本の高齢化が進めば、それだけ認知症の人は増える。厚生労働省の研究会がまとめた「2015年の高齢者介護」によると、2025年には「何らかの介護・支援を必要とする認知症の高齢者」は323万人に達すると推測される。
【…余談】日本人には少ない?
イギリスにアルツハイマー病の取材に行った時、「日本人は、イギリス人に比べアルツハイマー病が少ない」と取材相手からよく言われた。
魚を食べる人の方が、認知症になりにくいというオランダでの有名な研究があり、すしを食べる日本人はアルツハイマー病になりにくいと思われている節があった。
しかし、日本では、食生活が認知症予防につながるとはあまり言われていない。頭を使うのがいいと思われている。海外で言われていることとは違う。確かに知的活動が予防につながるという研究もあるが、それだけを強調するのはどうだろうか。
運動をし、食事に気をつけ、趣味を楽しむ。自分や家族が認知症になった時に備え、地域で助け合う仕組みをつくる。それが一番いいのではないか。 (2006年6月7日 読売新聞)