越境陀羅尼:日刊ゲンダイ引用 | なんでも日記

越境陀羅尼:日刊ゲンダイ引用

“2000年代の青春”を描いて鮮烈に作家デビュー 越境陀羅尼
「今だけを引き連れていく――それが現代の青春です」

「90年代、2000年代に青春を送る僕らの世代のアイデンティティーのありかを確かめてみたかった」と語る佐藤トモヒサ氏。最新刊「
佐藤 トモヒサ
越境陀羅尼
(だらに)」(講談社 1700円)は、作家・青野聰氏が「今まで書かれることのなかった日本人がここにいる」と絶賛した前代未聞の青春小説だ。東南アジアを舞台に、“俺たちの王国”を夢見る若者たちの、狂気を伴う愛と幻想の物語が炸裂する。

――70年代の日本の若者のインド・ムーブメントやドラッグ文化、学生運動におけるイデオロギー闘争や内ゲバと称された身内殺しの権力闘争を、現代に置き換えたような物語だ。さらに宗教やセックス、少数民族問題の意識が濃密に絡み、凄まじいパワーと理想に対する狂気の情熱も発散させている。なぜ今、こういう物語を?
「確かにテーマは60年代、70年代のヒッピー文化や、イデオロギー闘争といったものを意識しています。ただ90年代、2000年代に青春を送る僕らの世代には、昔のような厳然とした政治的幻想はないし、オウム事件を経て宗教に対してもそれほどの期待は持ち得ない。そういう僕らのアイデンティティーのありかを自問すると、相当あいまいなままで、そこで外側から強烈な枠にはめて、自分自身の感性がどう反応するかをこの物語で試みてみたかったんです」
――アジア・ツアーの楽屋裏、ドラッグやアジア雑貨の日本国内流通、それを担う日本の若者たちの生態も詳細に描かれるが、この物語で最も書きたかったことは?
「すごく極端な言葉になりますが、ここに描かれた若者たちは、何かに絶望しているわけでも、最終的には何かを希望しているわけではないんです。ただ彼らは生きています。最後に主人公にひとこと言わせていますが“今だけを引き連れていく”。それって意外とすばらしいことなんじゃないか、幸せなんじゃないか、そこを描きたかった」
――最終的には友情や愛とは何かがとことん突き詰められていくが、主人公サンタはアイヌ系。なぜそういう設定に?
「自分が日本人であることを絶えず懐疑的に見る、見られる存在として登場してもらいました。個人的にはアイヌ民族をリスペクト(尊敬)していますし。この物語を手にすることで、やはり読み手の方には、自分がどういう場所で生まれ育ち、どこに拠って立っているのかを考えるきっかけにしていただければ、と思っています」

【作品概要】
 アイヌ民族の自立・解放闘争を経て、パレスチナ解放闘争に殉じた故浅田基行。その遺志を受け継ぐ日本の若い世代が、タイ北部の広大な地域に自治解放王国の建設を目指すニルバーナ旅団を組織する。
 指導者は〈在〉と呼ばれる入植地造成組を率いる彰、資金調達を担う流民系を率いるシゲ。だがシゲが行方不明となり、組織はいつしか〈在〉独裁の野望により分裂を始める。シゲの代わりに流民系を率いるサンタは、バンコクの淫猥な雑踏の中で殺人込みの権力闘争に巻き込まれていく。

▼さとう・ともひさ 1972年、茨城県日立市生まれ。多摩美術大学大学院美術研究科絵画(油画)専攻修了。その後、アルバイトをしながら東南アジア・インド・中東・欧州・アフリカ諸国などを旅する。初の書き下ろしの本作品で作家デビューする。