第6回ホラーサスペンス大賞特別賞
【NEW WAVE】

「ホラーで泣いたっていいじゃないか、と言いたいですね」
頻発する児童虐待が社会問題になって久しいが、木宮条太郎氏の新刊「時は静かに戦慄(わなな)く」(新潮社 1600円)は、その児童虐待をテーマにホラーサスペンス大賞特別賞を受賞した意欲作。京都の街全域が一夜にして親の子殺し・殺戮の現場に変わるという、戦慄の社会派ホラーだ。
――児童相談所所長の娘で大学受験生の由紀と、恋仲でいとこの府警刑事の息子・健一が主人公。一斉に起こる親の子殺しは人間の過剰適応なのか、あるいは進化なのか、ドーキンスの「人間は遺伝子の乗り物」説も作中繰り返し問われる。なぜこういう物語を?
「児童虐待を題材にしたのは、現代の悲劇のひとつの典型だと思うからですね。ギリシャ神話の昔から、子をいとしみ育てるという親子関係は、そうあって当然と思われがちですが、実はそうじゃない。この物語はそういう自分の信じていたものが目の前で音を立てて崩れるときの感覚から出発しています」
――京の街の喧騒を背景に、まず府警の科捜研が首をひねるような、自ら溶解した赤ん坊のミイラが登場する。そして破滅は母親が主人公・由紀に対し包丁を構えるシーンから。衝撃的で印象的な場面も多いが、一番書きたかったことは?
「サラリーマン時代、仕事を辞めるかどうか悩んだ時期がありまして、抵抗したくてもその方法がない、非常な無力感、悲しさを味わうようなことがありました。極端にいうと“大人の悲哀”ですね。ホラーの正道が恐怖譚なら、私が描きたかったのは、人が人であることのどうしようもない悲しさです。最近、携帯のCMで“ホラーで泣けるかよ”というセリフが出てきますが、私に言わせれば“ホラーで泣いたっていいじゃないか”と(笑い)」
――殺しの場面でも非常に美しい、映画的なシーン展開が多いが、読みどころは?
「終章直前、由紀と健一が家族の遺体を載せたリヤカーを引く場面です。すべての文章はこのシーンを目指して書いてあります。会社人間は社会的リアリティーのないものをなかなか読めないことはよくわかっています。そこをカバーして、愛、意思の力のようなものを描けたと思います。日々、組織に振り回されている方々に、この本で何かやる気を出していただければうれしいですね」
【作品概要】
事件の幕開けは、比叡電鉄の駅ロッカーから転がり出た未熟児の遺棄死体だった。母親の女子大生は“自分の子やない”と泣き叫び、やがて京都府内各地で親の子殺し、一家無理心中事件が頻発する。
一方、京都府内の児童相談所では異様なペースで被虐児童の保護件数が増えていた。そしてある晩、子をもつ親すべてに異常が起きる。
抑えきれない嘔吐感と、内からの殺戮の衝動に襲われた親たちは、手に凶刃を構え、子供たちを片っ端から襲い始める……。
▼もくみや・じょうたろう 1965年、兵庫県加西市生まれ。京都大学文学部(社会学専攻)卒後、入社した会社に15年近く勤務後、02年に退社。03年、第12回新人シナリオコンクールで佳作受賞。本作で第6回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家デビュー。他の作品に映画シナリオ「エモーション・フラット」がある。
2006年4月1日 掲載
第6回ホラーサスペンス大賞特別賞受賞 木宮条太郎氏に聞く「ホラーで泣いたっていいじゃないか、と言いたいですね」
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――児童相談所所長の娘で大学受験生の由紀と、恋仲でいとこの府警刑事の息子・健一が主人公。一斉に起こる親の子殺しは人間の過剰適応なのか、あるいは進化なのか、ドーキンスの「人間は遺伝子の乗り物」説も作中繰り返し問われる。なぜこういう物語を?
「児童虐待を題材にしたのは、現代の悲劇のひとつの典型だと思うからですね。ギリシャ神話の昔から、子をいとしみ育てるという親子関係は、そうあって当然と思われがちですが、実はそうじゃない。この物語はそういう自分の信じていたものが目の前で音を立てて崩れるときの感覚から出発しています」
――京の街の喧騒を背景に、まず府警の科捜研が首をひねるような、自ら溶解した赤ん坊のミイラが登場する。そして破滅は母親が主人公・由紀に対し包丁を構えるシーンから。衝撃的で印象的な場面も多いが、一番書きたかったことは?
「サラリーマン時代、仕事を辞めるかどうか悩んだ時期がありまして、抵抗したくてもその方法がない、非常な無力感、悲しさを味わうようなことがありました。極端にいうと“大人の悲哀”ですね。ホラーの正道が恐怖譚なら、私が描きたかったのは、人が人であることのどうしようもない悲しさです。最近、携帯のCMで“ホラーで泣けるかよ”というセリフが出てきますが、私に言わせれば“ホラーで泣いたっていいじゃないか”と(笑い)」
――殺しの場面でも非常に美しい、映画的なシーン展開が多いが、読みどころは?
「終章直前、由紀と健一が家族の遺体を載せたリヤカーを引く場面です。すべての文章はこのシーンを目指して書いてあります。会社人間は社会的リアリティーのないものをなかなか読めないことはよくわかっています。そこをカバーして、愛、意思の力のようなものを描けたと思います。日々、組織に振り回されている方々に、この本で何かやる気を出していただければうれしいですね」
【作品概要】
事件の幕開けは、比叡電鉄の駅ロッカーから転がり出た未熟児の遺棄死体だった。母親の女子大生は“自分の子やない”と泣き叫び、やがて京都府内各地で親の子殺し、一家無理心中事件が頻発する。
一方、京都府内の児童相談所では異様なペースで被虐児童の保護件数が増えていた。そしてある晩、子をもつ親すべてに異常が起きる。
抑えきれない嘔吐感と、内からの殺戮の衝動に襲われた親たちは、手に凶刃を構え、子供たちを片っ端から襲い始める……。
▼もくみや・じょうたろう 1965年、兵庫県加西市生まれ。京都大学文学部(社会学専攻)卒後、入社した会社に15年近く勤務後、02年に退社。03年、第12回新人シナリオコンクールで佳作受賞。本作で第6回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家デビュー。他の作品に映画シナリオ「エモーション・フラット」がある。
