第29回すばる文学賞:日刊ゲンダイから引用
- 高瀬 ちひろ
- 踊るナマズ
| 【NEW WAVE】 2006年3月25日 掲載
第29回すばる文学賞受賞 高瀬ちひろさんに聞く「暗い出来事の多い中で、読後ちょっと幸せな気分になっていただけたら」 「誰にでもある初恋、その懐かしさ、熱さ、ためらい、大胆さ、そうした感情の揺れを描きたかった」と語る高瀬ちひろ氏。最新刊「踊るナマズ」(集英社 1300円)は、エロチックな薫り漂うナマズ伝承譚を通し、思春期の少女の“ヰタ・セクスアリス(性の目覚め)”を描く、すばる文学賞受賞作。妙になまめかしい、新感覚の恋愛奇談だ。 ――自分たちの生まれ育った町のご先祖は、人とまぐわうことを願った、なかなかなまめかしいナマズだった、という話を語る、若い母親の物語。いろいろと想像をたくましくさせてくれる伝承だが、そもそもこういう物語はどこから? 「夫の転勤で越した福岡の地下鉄のシンボルマークがナマズだったことが直接のきっかけです。私は東京出身で、ナマズは地震の震源という悪いイメージがあったんですが、九州のナマズ伝承を調べてみると、神聖な存在として崇(あが)められている民話・伝承がさまざまにあるんですね。ナマズのこういう二面性をまず小説化してみたかったんです」 ――その伝承を聞く14歳時の弥生の萌えぶりが読みどころ。また脇役の、ずっと独身で後にナマズ絵画家になる叔母、弥生にワイセツなナマズ伝承を伝えた後、亡くなってしまう水口という元町職員の男の存在も、どこかエロチックだ。 「確かに水口が話す伝承はエロチック(笑い)。でも母親になった弥生が子供に伝えようとする“大切なもの”の部分も読んでほしいですね。人が生きる、生が連鎖する、という意味の“生”と、セックスの“性”がナマズの民間伝承を通して微妙にクロスする。その妙も味わっていただければ、書き手としてはうれしいですね」 ――現代に編まれた新たな民話・伝承譚として、つい信じたくなるというか、ユーモラスでどこかホッとさせる物語でもある。 「そこも狙いどころでした。暗い出来事の多い世の中ですけれど、人間が本来もつ明るさに、ぜひ焦点を当てたかったんです。誰にでもある初恋のときの、懐かしさ、大胆さ、すべての感情を描いて、読んだ方がちょっと幸せな気分になっていただけたら、と思います」 人間の心の襞(ひだ)をなぞる、新たな奇談、奇譚を期待させる書き手が登場した。 【作品概要】 母親の弥生が胎児にルーツを語る形式で物語は進む。15年前の夏休み、中学生の弥生は同級生の一真と、町のシンボルになっているナマズの民話に関するリポートを作る。 2人はナマズの番人とあだ名される元町職員の水口を訪ねるが、水口が語りだしたのは、人間の女とまぐわうことを夢見たナマズの悲喜劇の物語だった。しかもそのナマズが住民のご先祖さまだという。ワイセツな踊るナマズの伝承に、弥生の“女の生理”が密やかに萌え始めて……。 ▼たかせ・ちひろ 1971年、東京・八王子市生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了。大学院修了後、警察関係の心理学研究施設に入所し、研究員を務める。今回、本作で第29回すばる文学賞を受賞、作家デビューする。 |