第72回小説現代新人賞受賞者コメント:日刊ゲンダイ引用
- 朝倉 かすみ
- 肝、焼ける
【NEW WAVE】
2005年12月17日 掲載
第72回小説現代新人賞を受賞 朝倉かすみ氏に聞く「私なりのお勧めの人間関係の手口です」
――7歳年下の男に会いに東京から稚内にすっ飛んでいく独身女性の物語。当初は勝ち気でとっつきにくいイメージの主人公だが、稚内の銭湯や寿司屋での地元の人たちとのやりとりを読んでいくと、読者が男ならつい惚れそうないい女に見えてくる。
「昨年まで夫の転勤で私も稚内にいまして、夫は6歳年下ですし(笑い)、それに稚内という町が行ってみてすごく好きになった、という点では一部実体験ですね。稚内は、見た目ちょっと武骨なところがあって、でもよそ者には本当に優しい町。そこに北海道を知らない東京の女性を放り込む発想は自然に出ました。都会では一人前の女もこういう町に行くとまるで何も知らない小娘、それが見知らぬ地元の人たちの優しさに触れ、何事か決心する、そこを書くのに最適の町が稚内でした」
――タイトルでもあり、作中挿入される“肝、焼ける”という言葉は造語、それとも方言か?
「稚内でももうお年寄りしか使わないような方言ですね。本当にじれったい、触りたいのに触れない、ジリジリするような感覚のとき使う言葉です。でもこの2人の恋愛には本当にぴったりの言葉だと思っています」
――銭湯での地元のオバチャンたちとの女体を巡る問答、寿司屋で知ったかぶりの男たちにタンカを切るシーン。そして彼女が彼の部屋のドアを叩く決心を固める、固め方がなんとも愛らしい。
「31歳の年のわりには、ですか(笑い)。要は行動を起こす、そこを書きたかったんですね。人の心を変えるのは無理としても、ちょっと小さな勇気を奮えば自分の方が変われる。そして自分の思いをちゃんと相手に伝えよう、ということですね。人間関係が必ずしも上手でない方への恋愛の極意、というか、私なりのお勧めの手口です(笑い)」
本書に収録される他4編にも、いずれ劣らぬ魅力的な女たちが登場する。男では描けぬ、おおらかな、女たちの恋愛賛歌ともいえる作品集だ。
●作品概要
主人公は31歳のOL。職場ではそれなりの責任、権限をもたされ、世間の、また男の、酸いも甘いも知り尽くしていたりもする。
そんな彼女の目下の恋人が7歳年下の御堂君だ。逢瀬は月平均2回、年の差を意識させず、妙になれなれしくならず深追いしない、微妙な均衡関係の2人だが、その御堂君が急に稚内に赴任してしまう。
そしてある晩、いつもの2人の電話でのやりとりの後、彼女は猛烈なじれったさを覚え、翌日、稚内に飛んでいく……。この表題作の他4編を収録する。
●あさくら・かすみ 1960年、小樽市生まれ。北海道武蔵女子短期大学卒後、03年、「コマドリさんのこと」で第37回北海道新聞文学賞を受賞。04年、「肝、焼ける」で第72回小説現代新人賞を受賞し、本格デビュー。本書が初の単行本となる。