奈良市【やまなかみゆきピアノ教室】山中です。
いつもぶっ飛びブログばかり書いているので、今日は真面目に『クソ』がつくぐらい、『クソ真面目なお話』を。
ちまたで、ピアノの先生によるコード勉強会や、ピアノ教室の生徒にもコードを取り入れたレッスンをしよう!ということで色々論議されている昨今。
お偉い先生方が、コードについてあれこれ書いておられるので、そのことについて私が何か口にすることは恐れ多い。
ので、何を言いたいねん?と言われりゃ、【やまなかみゆきピアノ教室】で生徒にコードを教える時に、どうやって教えているか?ってことと、私の独断的なコードに対する考え方。
うちの生徒に初めてコードを教える時、開口一番、まず私が言うことは、
『コードは、漢字を習うのと同じです』
ということです。
だいたい、コードを取り入れ始めるのは、小学校低学年くらいからなので、(早い人は年長)学校でのことと結びつけてお話しています。
新しい漢字が出てきた時は、まず、その漢字の形を見て、読み方、書き方を漢字ドリルを見ながら練習するでしょう?
それから、その漢字を使って、例文を作ったり、違う読み方を習ったりするでしょう?
コードも同じで、まず、形と読み方。
C は、シー と読む。書き方はこう。
音は、ドミソ 。
ここまでが、漢字ドリル。
次は、Cを使って、例文にあたる簡単な曲で、伴奏付けをする。
右手は、先生が弾きます。
例えば、ちゅうりっぷ。
Cのところだけ、ジャーンと押さえてもらう。
メロディー譜があるなら、メロディー譜を置いて、見ながら弾けたら尚よろし。楽譜なし でもいい。
そのうち欲しくなる。
あら、便利ねぇ。
C というコード(漢字)を知ったら、音符書いてなくても弾けるわけね。
そしたら、次G7。
同じやり方でね。
CとG7 の2つが今日は、新しい漢字と一緒の、新しいコード。
ここまでが一回。
次は、漢字でいう例文を作る、の応用。
伴奏形(型)、ぶんちゃっちゃ…などで弾く。
読み方の違う。。。は、転回形。
Cはドミソ って覚えたのに、ミソドやらソドミやら。
それもC。
でも、漢字と同じで、いろんな読み方を知っておいた方が便利やから。
って、これはト長調が出てきた時に、Cがソドミ になる時に言いますけどね。
カデンツは、四文字熟語!
あるいは、ハッピーセット!(笑)
ハッピーセットの、ハンバーガーが無かっても、飲み物が無かっても、ポテトがなかっても、おもちゃが無かってもアカン!(笑)
って、こんな感じで、延々とうちの教室のコードレッスンは続く。
続く って書いたけど、ブログでの説明はこれで完結。
聞きたいか?!(笑)
続きはない(笑)
独断的…だから、私が勝手に思うに、要は、町のピアノの先生って、自分がコードの勉強をしても、それをどうやって生徒に教えたらええのかが、わからへんのと違うかな。
それについても、私は、5月の徳島珍道中の帰路の車内で、ちょびっとお話させてもらったと思うけど ←って、めっちゃ個人的な話やん。
要するに、
コードって、語学を勉強するのと同じだと思う。
って言ったかな。
私の場合は、音楽教室の幼児科を卒業してエレクトーンへ進んだ。
そこでは、読譜どうこうよりも、まずコードが、ば〜〜んと出てきて、CFG7を覚えて、そのコードを使って、ありとあらゆる曲を弾いていた。
早い話、子どもの頃から、コードをバンバン使って、自分の音楽生活の中に、コードが存在していたっていうこと。
子どもの頃から、英語バンバン使って英語ペラペラ〜 って言うのと同じだと思う。
ピアノを始めたのが遅いから、ソナチネとかの読譜がキライだった(笑)
な〜〜んでこんなにいっぱい左手に音符が書いてあるの?!って。
エレクトーンのコード付き楽譜に慣れていると、ピアノの楽譜のしんきくさいこと(笑)
ここにコードを書いたら、こんなに簡単になるのに…って、ソナチネの楽譜にコードネーム いっぱい書いてたら、習っていたピアノの先生に、
『何を書いているの?消しなさい』って言われた。
コード書いてたら、和音の移り変わりとかがよくわかって良かったのに。
習っていた先生は、クラシックバリバリの先生だったから、コードとは無縁。
今思うに、自分のわからないことを私が書き込んでいたのが気に入らなかったのかなぁ。
FからFm になるところなんか、へぇ〜!ソナチネにも、こんなコード進行があるんや〜!って思いながら弾いていたのにな。
コードネーム記入禁止令が出たようなものだから、それ以来、私ゃ、ソナチネがキライになった。
だってめんどくさいんだもん。
ごちゃごちゃごちゃごちゃ、いっぱい左手の音符が書いてあって、コード書きゃシンプルなのに、って。
ほんで、練習がめんどくさくなって、ピアノも嫌いになって、やっぱりエレクトーンが好き の道へ進む。
なぜ、私が『コードは語学の勉強と同じ』と思うかは、自分自身が、40を超えてから、韓国語の勉強を始めたこともある。
習い始めの頃は、当時大ブームだった『冬のソナタ』を字幕なしで理解したいと思ったから(笑)
ベラベラハングル になりたい。
マンツーマンで韓国語を習って、ハングル検定も3級まで取ってみたものの、
使えない。
ハングルの本なんて、『韓国語コーナー』が出来るほど持ってるし、韓国語に費やした時間と労力もソコソコあるし。
ベラベラハングル どこ行ったん?!
こんなに勉強してきて、いろんな勉強方法をしてきたのに、なんで使えんのだろう?!
マンツーマンで習いに行っていたのも、辞めて五年以上になるけど…。
なんでか?なんで使えないのか?!
それは、脳みそが『日本語脳』だから。
韓国語を聴いても、まず日本語に訳している自分がいる。
日本語で考えてから韓国語を考える。
そりゃそうだ、バイリンガルではないんだから。
つまりそれは、コードにも同じことが言えて、
ずーっと和音記号や、クラシックバリバリで来られた方が、今からコードを勉強したとして、
まず和音記号がきてからのコードネーム。
こういう思考をたどるのではないのかな。
それを外して考えて…といっても、今までそうしてきたのだから、なかなか難しい。
私が、すぐにコードネームでソナチネの和音進行を考えるのと同じで、逆に和音記号…といわれると出てこない。
和音記号は、いまだに謎(笑)
二階建てのや、数字が付いたり。
私が和音記号が苦手なのと同じで、コードネームを勉強しても、なかなかバンバン使うところまでは難しいのではと思う。
それは、私が、子どもの頃から使って『実践』してきた量とは、はるかに違うと思うから。
って、別に自慢しているのではない。
ものの例えとして、語学で、子どもの頃から英語バリバリの人と、私が今から英語勉強してもかなわないのと同じこと。
そこは、誤解のないようにお願いします。
私がどんなに韓国語を勉強しても、『韓国語脳』にはなれないし、第一、日本にいて日本語を使い、韓国語をしゃべるという『実践』をしていないのだから、
ベラベラハングル にはなれないのです。
でも、ある程度 までは出来ると思います。
そういった意味で、『コード脳』にならない限り、コードネームを駆使してレッスンに取り入れることは難しいです。
でも、韓国語の喋られない私が、韓国語のしくみや読み方、使い方、を初めて韓国語を勉強しようかという人に教えることはできます。
それと同じことではないのかな、と最近思います。
コード、コード…とがんじがらめにならず、自然体で、肩の力を抜いて、生徒さんにコードの楽しさを教えられるといいなと思います。
でも、『楽しさ』を教えるには、教える側が『楽しい』と思わないと伝わらないですね。
以上、真面目な私の独断的なお話でした。
誰かに何かを言いたい訳でも、文句があるわけでもありません。
クレームも反論も受付けておりません(笑)