私のピアニカ考 が変わる時 | 奈良市音楽教室【やまなかみゆきピアノ教室】おんぷのつぶやき

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音楽教室を運営しながら、同じピアノ教室の仕事をされている先生方との交流を深め、日々、思うことや感じたことを 書きなぐり?ぃぇ、書き散らし?ぃぇ、書き綴ります。無料体験レッスン随時受付中!

  

人生ってわからないな…と、

最近、つくづく思う。

一年前、今この状況を想像することが出来ただろうか。

一年後の自分が、どうあるか、考えてみたところで、本当に『未知との遭遇…』である。

先週、松田昌さんのピアニカワークショップに行って、

なんと!その、松田昌さん…いぇ、昌先生に、ピアニカを習うことになった。

ええ~~~っ?!である。

30年も前に、まだ学生だった頃、昌さんのコンサートで、昌さんがピアニカを吹いて?演奏してらしたのを初めて見たけれど。

その当時、若かったこともあり、

へぇー~っ…、って感じだけで、やってみたいとか、ましてや、自分が30年後に、ピアニカを吹く、手にするなんて、思いもよらなかったこと。

だいたい、私の中には、

ピアニカは、音楽の出来ない人がするもの。

という概念があって、ずーっと、私には関係のない、関わりのない楽器、という思いで、昌さんのピアニカ演奏に出会うまでは、固く(笑)そう思っていた。

なぜ、私が、そんなにピアニカに失礼な考えを持っていたのか?

私の小学生時代は、まだハーモニカの時代だった。

ピアニカは、私の妹あたりから普及し始めたように思う。

でも、高学年になると、学校の音楽で合奏や鼓笛隊で、ピアニカも使われるようになった。

ただし!

合奏や鼓笛隊の楽器の割り当てというのは、

出来る人から、

ピアノや、アコーディオン、木琴鉄琴、ベルリラや中太鼓などの花形楽器になり、

なんとなく、よくわからない、あやふやな人は、タンバリンやトライアングルなどの小物楽器になり、

どれも割り当てのない、残ったその他大勢の人が、

ピアニカと縦笛になる、

という、当時、音楽を得意としていた私としては、

ピアニカを吹くなんて、あり得ない!

展開だったのである。
言葉は悪いが、『下手くそな人はピアニカか笛』みたいな…。

以来、ピアニカはもちろん持っていない(妹は、持っていた)、ピアニカを吹くことも、触ることもなく社会人となり、

ヤマ◯に入ってからも、めぐり合うことなく、退職して、子供が出来てからも、子供の小学校が、ピアニカを扱わない学校で、

本当に、うまい具合に、遭遇することなく、この歳になって、初めて、ピアニカを手に取り、吹くことになった。

それでも、今年の初めに、すみれ先生の発表会にお邪魔した時に、ピアニカのアンサンブルをされているのを見て、

なぜか、その30年前の昌さんのピアニカを思い出し、その時以来、眠っていた何かが呼び起こされ、

やってみたい…かも?!

っていう思いが湧き上がってきた。

それから、すみれ先生に、ピアニカのお仲間に入れて欲しい旨、厚かましくもお願いしていたが…、

すみれ先生も、お忙しい身。

なかなか、ご一緒させていただく機会もなく…。

そうこうしているうちに、6月の『 はり新ツアー』で、音華先生に『10月にピアニカのワークショップがある』という、情報をいただき、ぜひ参加したいなと。

でも、6月の10月の話で、めっちゃ先?っていうのと、結果的に、10月は、発表会の直後のスケジュールで、練習もままならず、

第一、ピアニカ買うところからやん。
6月頃から、セミナーでご一緒するたびに、すみれ先生に、どんなピアニカを買えば良いのかをお聞きして、

結局、買ったのは9月(笑)

それでも、発表会の練習や準備で触ることもままならず。

初ピアニカ演奏は、発表会が終わったあたり、ワークショップ直前。

そこで、問題発生。

吹きながら弾く

が、出来ない(笑)
なんて不器用( ̄▽ ̄)

一生懸命弾いたら、吹くのを忘れて音出ない。

こんな小さい鍵盤、弾けんかも…、っていう負のイメージ。

私、ピアニカに向いてないかも…。

っていう負のスパイラル。

ピアニカ吹いたら口痛い…っていう負の連鎖。

負の…負の…負の…負の

負~~~~~っ!!

ふぅ…( ̄▽ ̄)


それでも、やっぱりやってみたいと思う奥深さを10月のワークショップで知り…、

そうこうしているうちに、

昌さんのピアニカワークショップだって~~~?

になり、私向いてへんかも…と思いながらも、夢のような機会に喜び勇んで出掛け…、


すごく楽しかった\(^o^)/

私の、『吹きながら弾くのが無理』という固定観念を 開口一番、見事に取っ払ってくださった昌先生。

ピアニカは、鍵盤楽器でありながら、管楽器の要素をもつ。

この言葉に、すとんと落ちた。

納得。

そうか、管楽器!

管楽器なら、ホルン吹いてたやん私\(^o^)/

ホルン吹いてたんやもん、ピアニカ出来るやん。

ホルン吹く方が、たぶん難しいはず。

そう思ったら、ピアニカ、追求してみたくなった。

昌先生にエレクトーンを習うのではなく、ピアニカを習う。

これも、本当にあり得ないこと。

それが、来年からあり得ることに。

恐れ多くも、子供の頃からの雲の上の人が、自分の居る場所に降りてきてくださったような…。

コメントをしたり、いただいたり、それが出来るこの時代に、本当に感謝。

私にとって、ピアニカはピアニカであり、鍵盤ハーモニカっていうイメージがあまりなく、あえて、ピアニカと言わせていただく。

リコーダーも、リコーダーではなく、私の時代は、縦笛 あるいは、笛。


来年、ピアニカを始めたら、また新たしい世界が広がる。

すごいなぁ、すごいなぁ、ただただ、すごいなぁ。


なーんにもしていない、ピアニカを追求してみたくなった…とか言いながら、あれからピアニカ吹いてない。

ワークショップで使ったピアニカのホースを  水洗いしただけ( ̄▽ ̄)

いただいた楽譜を ファイルに入れてみただけ( ̄▽ ̄)


それでも、ピアニカの世界は、始まるのである。

確実に。

私のピアニカに対する概念や意識が変わった瞬間。

新しい世界への機会を作ってくださったすみれ先生はじめ、ピアニカのお仲間の先生方、

私にピアニカを初めて教えて下さったT先生、

そして、私のピアニカ偏見を見事に取っ払ってくださった松田昌先生、

全ての方々に、感謝してやまないのである。


感謝だけは、大いにして、練習はしていないのである。

( ̄▽ ̄)