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長沢剛★TAKESHI -ブログ

グラフィックデザイナー。自由人及び妄想人。フリー27年目にしてAIに魂を売り渡した男。グラフィックデザイン及びウェブ関連。 XGXGXG (エグ) (65歳になる2026年) のの予感。オリジナルTシャツ

食事をするのに理由など無い。

何かを好きになるのに理由など無い。

何かを見て、綺麗だと思うのに理由など無い。

転んだ時、立ち上がるのに理由など無い。


だから、失敗した時も、立ち上がって、また前へ進めばいい。

だけど、失敗した事実を受け入れられないと、

立ち上がるまで時間がかかってしまう。

この歳にして思う。


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ゲームで、残り2機とか、

『あぁ、最後だぁ~』とか言うが、

人生だと、無限なんだと思う。

何度やられても、生きているかぎり、玉は減らない。

さぁ、行くぞ!!


会社に就職。上京、やっぱり好きな道に進みたいと思い、

本当はいけないのだが、夜バイトして、入学金やアパート代を稼ぎ

次の年専門学校へ通った。凄い楽しかった。

元々そんなにきっちりした性格でないので、勉強とバイトの両立に失敗し、次の年の春中退。

デザイン事務所へ就職を試みるも、全て駄目。

アルバイト生活3、4年で
(この期間の体験は自分にとってプラスかマイナスかわからないが、貴重な体験であった)
地元へ戻る。(敗北)

紆余曲折あり、再度上京(リベンジ)しなんとか食えるようになる。

グラフィックデザイナーの肩書きの名刺を持つまでに、15、6年もかかってしまった。

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グラフィックデザイナーとは言っても、デジタル何でも屋。

若い時は兎に角、数をこなした。依頼される物、全て引き受けた。

うちが末端なので、外注先がない。(予算や納期的に外注はムリ)

睡眠不足で、マウスを持ったまま寝てしまう事が日常。

校正のプリントアウトが遅くてたまらなかった。プリントアウトが終わったら、

ダッシュで飛び出し、駅に向かう。

今は、PDFをメール添付出来るので非常に助かる、あんなペースでの仕事は今は無理。


DAIVE2でなく、DAIVE2かな?




昨日は、殆ど仕事が進まなかった。なんだろ?
あまり動いてないのに、くたくたになって、椅子に座ってるので精一杯だった。
途中何度も仮眠をとった。
たまに、気持ちと体が連動しない時がある。
今日は回復したので、遅れを取り戻さないと。。


昔のデータ整理してたら出てきた。

嫁の作った大おにぎり。

私が食べました。

雑すぎっ!マイナス12点。

ビール飲みながら、好きなアーティストのライブ見てるけど。

やっぱいいなぁ。ライブは。

いい♪




壁紙
size:1280×768

壁紙は、自分の作ったパーツのコラージュです。

どうしても必要な時は、その場で描きますが、

以前作った物や作りかけの物をあっちこっちから引っ張ってきて作ります。

全く使い道がなくて死んでたデータが、生き返ります。

でも、こういう事にあまり時間を費やしていると、こちらが死んでしまいます。


指先のアレルギーの痕が中々治らない。

先日病院から、飲み薬と塗り薬をもらってきたが、

進行は止まったものの回復の兆し見えず。

チョーキングなんかしたら、一発で薄皮破壊で流血だな。

ロック好きが、メタルアレルギーなんて笑えないゼ~ット!!



最初は、何処かデザイン事務所に就職したかったが、

その当時、年齢制限で35歳以下、あるいは経験者という求人が殆どだった。

35歳だったので、なんとかクリアだが、とりわけ実績と呼べる物も無かったので、

手当たり次第に連絡をとるが、全て駄目。

貯蓄もなかったので、じっくり機会を待つという事も出来なかった。

やる気は有ったのだが。。。やる気と言うよりは、やらねば成らなかったのだ。

地元に嫁と子供を残して来たのだ。(上京の経緯はいずれ。。)

無計画な上京でまた、以前味わった時と同じような状況に陥った。

運よく、CDジャケットのデザインのオペレーター(指示どうりにデータを作り上げる)の

バイトに在りつけるも、やっぱり生活はギリギリ。バイトに行けば昼食は外食になる。

その毎日の昼食代すら負担になった。

MACを中古屋で売ろうとしたが、余りの買値の安さに思い留まった。

家に居れば米やパンと水が有れば、死ぬ事はない。

デザインの委託の募集や、イラストレーターの委託等に応募して自宅で仕事を始めた。

初めからフリーを目指した訳でなく、そのような道しか無かったのです。

教訓:人生は、計画的に。

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離れている時、家族が連休に遊び来て2、3日遊んだ。

帰る日、子供が泣いた。ちょっと心が痛んだ。

理由を聞くと、私のパソコンにインストールされている無料ゲームが面白くて、

それが出来なくなると言うものだった。

また一緒に暮らせたら、無料ゲームをめいっぱいやらせてやると心に誓った。

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フリーになって間もないの頃、役に立ったのは、

デザインやイラストの良し悪しでなく、

6、7年間勤めた印刷会社でのスキルだった。

DTPが普及し始めの頃だったので、

現在なら当たり前の事だが、

出力可能な完全データ入稿のデザイナーは重宝された。

お客様にも恵まれ、1年半ぐらいで、家族を呼ぶ事が出来た。

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子育てが一応ひと段落し、人生の分岐点に立つと、色々な事(過去や未来を含めて)を考えるようになった。

考えても、マイペースぶりは、変わらないかもしれないが。。。