そういえば、1週間ぐらい前にこの本読み終わってたんでした。最近、1冊の本を単独で読めません。
数冊読み進めてます。
今も、3冊ぐらい交互に読んでます。というか読み散らかしてます。
そういえば、これも途中まで読んでたな。。。と読み始めたり・・。
なんていうか 盛り上がる本に出会えてない。いや、集中力がなくなっているのか。
ホステスのころは それはもう常に本に引き込まれていて 数冊よみすすめるなんて考えられなかったよ。
でも、数冊読み進めてるほうが 頭は活性化されるんだって。・・・って誰に対して言い訳してるのか?
出会いは『百夜行』
なんて面白いんだろう。ってすごく知人に勧めましたよ。
ドラマ化された時も ドラマ化しないで~って。
ドラマを見ても 『いや~ん。違うのよ、違うのよ。百夜行をそんな風にしないで!!』毎週友達にドラマ批判の電話をしてしまうくらい はまりましたよ。
でもね、圭吾たんの初期の作品には 本当にガッカリさせられて。。。
なんだこりゃ~!!犯人は結局誰なのよ!!うき~!!っていうのが続出。
初期作品は読まないぞ。もう読まない。
って誓ってましたが、たぶんこれは初期作品。
読みやすかったよ。・・・・って感じかな。感情移入ができなかった。誰にも
危機感もなけりゃ~ どうなるの?的な謎解きもなく・・・。
SFなのか?当時では。
でも気になったのは終盤の高城晶子のセリフ
自分のクローンを見てしまって『(前略)つい最近までは、自分が老いたことを悲観したりはしなかった。(中略)むしろ今まで生きてこれたことを喜ばしいと思っていた。目尻の皺の一本一本にさえ、誇りを感じていたものよ。でも今は違う。何もかも粉々になってしまったような気分なの。老いるということが、ただ惨めなことのように過ぎないような気がしてくる。(後略)』
そうかな。。
わたくしはそうは思わないな。自分が生きてきて経験してきた事。努力してきたことで 頭の中も体も出来上がってる。
体のラインも若いころより 今のほうが好き。
頑張ってきたもの。
自分のクローン、若い姿の。
その存在だけで自分のすべてを批判してしまうものだろうか?
女ってそうじゃないと思うな。
