昨日、小沢裁判の1審判決に対して、指定弁護士が控訴を決めた。私は小沢派でも反小沢派でもない、あえて言えば疑検察派・嫌メディア派であり、恐らく2審でも小沢は無罪であろうが、この控訴には賛成である。 控訴理由は明らかではないが、指定弁護士は「判決には看過できない事実誤認があった」と言っている。もし、そうなら、即時控訴でもよかったと思う。実際のところは、「市民感覚」で強制起訴されたことを重く見て、1審判決後の世論に流されて再び控訴した、というところであろう。「法と証拠」にもとずくプロの弁護士のやることではないように思う。無罪判決後のメディア報道「収支報告書を見ていないのはウソだ。だから小沢は黒だ」で作られた「市民感覚」に迎合したとしたら情けない。

 先日、プロパンガス屋がわが家にやってきて、「今使っているガス屋は高いでしょ。幾ら払っていますか? うちだと安くします」と言うので、「女房任せで、ガス料金など見たこともない」と答えたら、「毎月請求書がきているでしょう? 見てないんですか? 奥さんは留守ですか?」としつこい。「そんなもん、いちいち見てない。女房は今いないので、後で訊いておく」と言って、ガス屋にお引取り願った。小沢元代表の「収支報告書など見たこともない」と言うのは、わが家のガス料金程度の感覚だろう。それが、「市民感覚」からしておかしいと言えばおかしいのであろうが、それが犯罪行為とか政治責任とかと言うのはどうだろう。1億円の裏金隠しと言う前提がない以上、たかが期ズレの問題であり裁判長の口頭注意レベルが相当だろう。


 指定弁護士が控訴を決めた要因として、市民が起訴した事案なので、と言っていた。これは、無罪判決は市民感覚的には納得できないので控訴したと言う風にとれる。これでは、この裁判は最高裁まで行っても決着は付かない。ガリレオの裁判と同じで「それでも小沢はクロである」。もとより、検審の起訴は、裁判でシロクロ付けろであった。1審判決でシロと出て、更にそのシロに「市民感覚」でいちゃもんつけるのなら、控訴の是非も検審で判断すべきであろう。


 もっとも、今回の事案は、強制起訴した「市民感覚」の正当性も問われている。ついこの前は検察の検審への関与を臭わす内部資料が流出して、さらに検察のデタラメが明るみになった。今回控訴で検審の正当性が再び問われることになるとすれば、日本の法曹界にとって大きな意味がある。ぜひ、2審では検察と検察審査会の実態を明らかにして欲しいものである。まさか、指定弁護士がそこまで考えて控訴したとは思えないが、そうでないと、1審判決で喧嘩両成敗した意味がない。

そこで、検察を代表して1句、


「やぶへびにならぬか心配 控訴審」