麻酔が覚めて手術室から病室に戻った後の夫と母の顔はホッとした顔だったと思います。


後で聞いた話ですが手術中の大出血の止血がなかなかできなくて、



昼の12時頃に戻ってくる予定が19時に病室に戻りました。


出血がひどかったので、麻酔もゆっくり覚めるようにしていたと、


後で聞いた気がします。



手術時に足の付け根から心臓に向かって管を入れられていました。


すごい量の出血だったので、輸血量も多かったようです。


夫や母はなかなか戻ってこないので、心配でたまらなかったそうです。



夫は朝私の顔を見てないので尚更だったと思います。


その時子供は二人とも保育園児でしたので、


小さい子を残して死んでしまったらと本当に心配したようです。


だから、戻ってきたときは手術の結果よりも、


私の顔を見れてホッとしたほうが大きかったそうです。


『腫れていた部分はある程度切除したが、


予定していた植皮まではできなかった』と、


姉から聞いた日の夜に前記の医師ではない担当医から聞きました。


その担当医も夫も、『手術直後には言えなかった。』と言ってました。


先日も書きましたが、聞いたときには素直に聞いたのですが、


後からだんだん悲しみが出てきました。


3週間の入院予定を早めに帰らせてくれるように頼みました。


医師も植皮をしていないから傷さえ治れば帰っていいと言ってくれました。


私が落ち着いたころに、


看護婦が私に「先生に手術のことで聞きたい事があるのならば聞いたほうがいいよ。」と


先生と話す時間をとってくれましたが、


そのときの私には、突っ込んで聞く力はなく、


結局あいまいになりました。


手術を決めたときの先生が執刀医だったのですが、


その先生は病室に顔を出すことはありませんでした。


後になって感じたことは、


簡単に大きな手術を決めてはいけないんだということです。


やはりきちんと検査等をし、できれば別の専門医の意見も聞くことが大事なことだと思います。


このあとから最近まで私は病院にかかったことがありませんでした。


(他の病気ではかかってます!)


怖かったからです。


幸いにも術後一ヶ月くらいのときに感染症で高熱を出して以来、


現在まで高熱は出ていないので、


病院にかからずにこれました。


ただ痛みがずっとあり我慢して暮らしているのが現状です。


やはりやっかいな病気ですね。


今はそれでも検査方法等も確立してきているようなので、


わたしのようにはならないと思いますし、


ならないでほしいと思って書かせてもらいました。





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このときの入院中に主人の母が泊り込んで子供や夫の世話をしてくれました。


今考えると、とてもありがたいことだったのですが、


そのころの私はまだ若く姑に何か言われるたびに真剣に悩んでしまい、


退院後は素直に甘えることができませんでした。


だから退院後は意地で家事をこなし、


一度貧血で倒れてしまいました。


今考えると馬鹿なことをしていたと思います。


頼れるところは頼ってもよかったんだろうなと今なら思えるのですが・・・


お母さんごめんなさい。







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