珠算修練会さくら珠算教室です。
先ほどの記事では集団指導のメリットをお伝えしました。
じゃあ、集団指導だけでいいじゃん、と思われそうですが、集団にもデメリットがあります。
例えば、5+6の足し方は1をたして5をひいて10を足す、ということで、作業が3つになるのですが、
じゃあ、4+6はそれではできなくて4ひいて10を足すということで作業が2つですみます。
そろばんは最初の覚える作業が複雑でそして基礎なので大切です。
ところが、どうしても忘れちゃう子、自信がなくなる子など一定数いるので、そういう子たちは、
講師が他の生徒の指導に回っている数分の間に「自分オリジナル」の解き方を編み出したりします。
当然それで5+6が11になるはずが、14になったりと想定外の答えになってしまいます。^o^;
で、そのままにしておくと、それが定着して、正しく5+6が解けなくなったりします。
他にも4足すところを4ひいたり、と作業がこんがらがっちゃいます。
それ以外にも個別だと、間違ってもすぐ訂正ができるし、今は〇〇を足すところをしっかり見てあげたい、など
指導の理想に近づけることができます。
例えば、、
先日の体験では偶然少人数の生徒だったので、ある程度丁寧に見ることができましたが、その時にも
「私の指導の言葉がその子のところに届くのに少しフィルターがかかっている感じがする」
けれど、
「言葉さえ彼に入ればしっかり理解できる子だ」とか
そういうのが感じ取れるので、そういう時は、同じ言葉を少し変えながらその子の理解にヒットする言葉を探し続けたり、
3回位言ってから、確認して、どこまで理解できているか、様子を見たりすることができるので
指導側の私としてもそのほうが「今日はしっかり指導できた」とストレスがなかったりもします。
以前にもブログで書いたのですが、自分がしっかり教えきれなかったな、他に良い指導はなかったのか、と
もんもんとするときは教室でぼんやりとしてしまい、気持ち重いまま動けず、ずーーん、と落ち込んでしまいます。
なので、生徒側からの本心は100%わかりませんが、でも、やっぱり、最低限私越しのフィルターで「あ、このこは
そろばんを楽しんできてくれているな」とか「あの子のスランプが少し取り除けたな」という
指導をしたときは指導後の気持ちがだいぶ違います。
まあ、集団のほうがそういう点でしっかり見切れなかったかもしれない、というそろばん指導そのもので見逃しがどこかにあるかもしれない可能性はあります。とはいえ、両方タイミングでそれぞれいいところと悪いところがあるので、
その子に今あっているほうをお知らせし、しばらく個別を取り入れましょうかとか、そろそろ集団になじんでいきましょうか、と
アドバイスして対応させていただいております。
今日は集団で来ていた幼児さんがお母さんに「ココの答え違うで」と指摘を受けていて、それを本人が「先生は間違ってもいいよっていってくれたからいいもん」としっかり反論していて、「そうそう!間違ったっていいんだよ」というのが伝わっていてものすごくうれしくなりました。間違いは直すけど、講師に見せるときに間違いを直して見せる必要はない、直すお手伝いをするのが私たち講師なので、隠れて筆算しているよりよっぽどいいので、そういうことをずっとずっと言い続けているのですが、それが幼い生徒さんにもしっかり伝わっていたんだ、と本当にうれしかったです。
余談ですが、伸びるお子さんの要因の一つに保護者が教室に対して信頼感を持っていて下さるというのがあります。
教室に関する話をしたり、先生に対応するときの保護者の様子を子供は何気なく見ながら、それを肌で感じています。
そのときに「ただのそろばんの先生」ごときと言ったらいい方は悪いですが、少し下に見ておられると子供もそれを敏感に感じ取って先生の話をしっかり聞いてくれないときがあります。
でも、普段から「あのそろばん教室の信頼してお任せしている先生」と思っている先生とみていると、子供もそれを感じて、先生の話大事だから聞いておこう、となってくれるのです。
だから、幼児さんや低学年で親がそろばんに口を出すときに全然聞いてくれないのに、講師がちらっと言った一言は素直に受け止めているのは「先生」がすごいんじゃなくて「先生」をすごい人にしてくれている「保護者」がすごいんだと思います。
その感謝を込めて今日も仕事させていただきいました。なので、保護者の方で「私の言うことはちっとも聞かへんのに、同じこと言った先生のいうことは聞くなんてなんか寂しいなぁ」と思われるかもしれませんが、それは「大成功」なのです。
そういう点でも保護者さんには感謝しきりです。