卒業してから会ったのは……
思い出せないかもしれません。
試合会場とかで見かけた記憶は何となくあるのですが、言葉を交わす時間があったのか。
それすらも覚えていません。
40になって、ますます一人で過ごす事に慣れ、それが居心地が良くて。
人との関わりが本来好きではない性分だし、自分から、誰かに会いたい、話したい。
そんな風な気持ちも年々無くなって、人はそれを、『寂しくないの?』って言うのですが、ほとんどそんな事も感じません。
昔出会ってきた人達に対し、懐かしく思う気持ちはあるのですが、思うだけ。
それで十分で、もしかしたら、人はそれを、“白状”と言うのかもしれませんね。
だから、出会ってきた人達が、今何をして、どこにいて、どんな人生を送ってるのか。
自分の世界線に無ければ、特に何かを思ったりもせず。
偶然会えば、『おう!久しぶり』ってなるんだろうけど、それが無ければ、きっと死ぬまで、“記憶の中の人達”でしかないんだと…
それが、僕にとっての現実です。
だから。
“死”を、こんなに何年も経ってから知ってしまった。
本当にびっくりした。
確か、早生まれだって言ってた気がするから、享年30歳、ってことになるんだろうか。
初めてできた、“後輩”と呼べる人。
小学校も一緒だったから、名前と顔は元々知ってたし、家も近所だったから、縁はある方の後輩だった。
特に仲が良いわけではなかったけど、それでも苦労を共にしたわけだから、気にならない存在ではない。
高校に上がってから、多分会ったのは大会の会場が最後。
あの時も、会話をする機会なんてなかったはずだから、正確には“見かけた”だけだったと思う。
あまり大きな声では言えないが、あんなにビッグネームの姉がいたわけだから、比較とかもされてたりしたんだろうな、と思う。
でも、その会場で見かけた時、すごく上手になってたのは薄ら覚えてて…
それが嬉しかったのも、なんとなしに覚えてたりする。
前職で、ターミナルの人達を相手にする。
その生活が始まった時に、余命宣告を受けたようだ。
そこから闘病の末、約2年、最期まで頑張ったようだ。
何とも言えない感情だった。
10年前に、もう先は永くないと知った彼の気持ちは、どんなものだったのだろうか?
何なら、自分の姉が、世界を相手にあれだけ素晴らしい結果を残した時に、僕は真っ先に彼の事を思い出した。
どんな気持ちだったのか、聞いてみたかった。
僕がこんなに嬉しく、誇らしく思えた。
弟であるならば、僕なんかよりももっとその気持ちが強かった事と思う。
亡くなって、8年が経って。
このタイミングで知ってしまって、僕にしては珍しくショックが大きかった。
自分の初めてできた後輩の一人が。
自分よりも若い命が。
自分が一時、仕事として向き合ってきた“癌”という病気で消えてしまったということに。
こんなに人に対する執着が無い自分が、こんなにショックだなんて。
なぁ、早過ぎだよ。
親よりも先に死んじゃダメじゃん。
死ぬ順番、ちげーだろーが。
それでも、きちんと人に何かを与えてから亡くなった事にはホッとした。
自分も若輩だったけど、後輩の中では一番繊細だったから、結構心配したりもしてたから。
ちゃんと、遺された人の記憶になってから逝ったみたいだから、そこは、安心した。
ご冥福をお祈りします。。