ICRPとECRRそれぞれの勧告について:専門家コメント | 乖離のぶろぐ(*´∀`)吸い込んで応援
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ICRPとECRRそれぞれの勧告について:専門家コメント




・これは、2011/5/25にジャーナリスト向けに発行したサイエンス・アラートです。


・記事の引用は自由ですが、末尾の注意書きもご覧下さい。




 


<SMC発サイエンス・アラート>


ECRRとICRPそれぞれの勧告について


放射線の生体影響については、国際放射線防護委員会(ICRP)が防護基準を勧告しています。いっぽう、欧州放射線リスク委員会(ECRR)も、より保守的な基準に改めるべき、という立場のもと、勧告を出しています。こうした科学と社会・政治の中間領域の議論に関し、コメントをお送りします。


 



山内知也(やまうち・ともや)教授



ECRR2010翻訳委員会, 神戸大学大学院海事科学研究科

 



ECRRとICRPの違いはどこにあるのか?


 欧州放射線リスク委員会(ECRR)と国際放射線防護委員会(ICRP)との違いは、それぞれの最も新しい勧告であるECRR2010とICRP2007とを読み比べることで理解できるだろう。


 いくつかの切り口はあると思うが、最も分かりやすいのがスウェーデン北部で取り組まれたチェルノブイル原発事故後の疫学調査に対する対応において両者の違いが端的に現れている。その疫学調査はマーチン・トンデル氏によるもので、1988年から1996年までの期間に小さな地域コミュニティー毎のガン発症率をセシウムCs-137の汚染の測定レベルとの関係において調べたものであった。それは、同国だからこそ出来た調査でもある。結果は100 kBq/m^2の汚染当り11%増のガン発症率が検出されている。このレベルの土壌汚染がもたらす年間の被ばく線量は3.4 mSv程度であり、ICRPのいう0.05 /Svというガンのリスク係数では到底説明のつく結果ではなかった。ECRRはこの疫学調査が自らの被ばくモデルの正しさを支持する証拠だと主張している一方で、ICRPではこの論文を検討した形跡が認められない。おそらく、結果に対して被ばく線量が低すぎるという理由で、チェルノブイル原発事故による放射性降下物の影響ではあり得ないと考えていると思われる。結果に対して線量が低すぎるので被ばくの影響ではないという議論は、セラフィールド再処理工場周辺の小児白血病の多発や、ベラルーシにおけるガン発生率の増加に対しても、劣化ウラン弾が退役軍人や周辺の住民にもたらしている影響に対しても行われてきているものである。すなわち、ICRPの理論によれば低線量被ばく後にある疾患が発症すると、その原因は放射線によるものではないと結論される。その一方で、ECRRの理論によれば新しい結果が出るたびにそれは自らの理論の正しさを示す証拠になる。


 ECRRは、ICRPの内部被ばくの取扱において外部被ばくの結果に基づくリスク係数を使い、臓器単位のサイズで被ばく線量を平均化しているところを一貫して批判している。例えばベータ線を考えれば、それはその飛跡周辺の細胞にしか影響を与えないにも関わらず、線量はkgサイズの質量で平均化されてしまう。ガンマ線による外部被ばくのケースにおける光電効果と同じではないか、と思われる向きも多いだろうが、ECRRはそれぞれの放射性同位体核種とDNAや酵素との親和性を問題にしている。細胞内のクリティカルな部分に近いところで発射されるベータ線やアルファ線に独自の荷重係数を掛けている。それによって疫学調査において出てくるICRPとの数百倍のリスクの違いを説明しようとする立場に立っている。ICRPの被ばくモデルはDNAの構造が理解される前に生み出されたものであるため、そこでは分子レベルでの議論や細胞の応答について議論する余地はない。単位質量当たりに吸収されるエネルギーの計算に終始するのみである。このやり方だとひとつの細胞に時間差で2つの飛跡が影響を与える効果を考慮に入れること、分子レベルでものを考えることが不可能になる。


 ICRPのよって立つところは0.05 /Svというリスク係数であり、それは疫学の結果である。その疫学とは広島と長崎に投下された原爆の影響調査であるが、ECRRはその調査が原爆投下から5年以上経ってから開始されていること、研究集団と参照集団の双方が内部被ばくの影響を受けていること、それらの比較から導けるのは1回の急性の高線量の外部被ばくの結果であるが、これを低い線量率の慢性的な内部被ばくに、すなわち異なる形態の被ばく影響の評価に利用することを批判している。


 同じ非政府組織であってもECRRは「市民組織」であり、国連の科学委員会や国際原子力機関と連携しているICRPとは正確が異なる。ECRRのメンバーはチェルノブイリ原発事故の影響を旧ソビエト連邦圏の研究者らとともに明らかにしようとしているが、ICRPのメンバーは(例えば、ICRP2007をまとめた当時の議長は)チェルノブイリ原発事故で被ばくによって死んだのは瓦礫の片付けに従事した30名の労働者だけであるとの発言が記録され問題視されている。彼は子供の甲状腺がんについても認めようとしていなかったのだった。


 冒頭に述べたスウェーデンの疫学調査は3 kB/m^2以下の汚染地帯が参照集団として選ばれ、最も高い汚染が120 kBq/m^2というレベルであった。これは今の福島県各地の汚染と同等であり、むしろ福島県の方が汚染のレベルは高い。ECRRの科学幹事が盛んに警告を発している根拠のひとつがここにある。過去に同様の汚染地帯で過剰なガン死が統計的に検出されたという経験を人類が持っているからであって、このような研究結果を知らない人にはその警告の真意や彼の気持は伝わりにくいのかも知れない。


 



津田敏秀(つだ・としひで)教授




岡山大学大学院 環境学研究科(疫学、環境疫学、臨床疫学等)

 以前に出したコメントは「放射線による内部被ばくについて」と題しながら、内部被ばくについて十分な情報を提供する原稿とはなっていませんでした。実は、内部被ばくに関する人間のデータは、本当に不足しているようです。それは、以下に挙げるような理由によると思います。


 


(1) 内部被ばくがあったかどうか、どの程度あったかの、データが取りにくい


 特に、α線による被ばくなどは、紙一枚で遮断することができますので、外部被ばくでは問題になりません。一方、内部に取り込まれて臓器まで達するとそこで大量のエネルギーが放出されます。しかし、これを体の外から測定することは困難です。α線、あるいはβ線も体により遮断されてしまうからです。体外でのα線とγ線の比を用いて、体外にまで出てくるγ線の量から体内のα線を推測するようなことが必要になるようです。外部被ばくは、電離放射線作業労働者など比較的管理された状況の場合が多く、一方、内部被ばくはそのような状況ではないことが比較的少ないということもあります。


 ただ研究の際に、曝露による影響を推定するには、正確に曝露を測定する必要はなく、曝露の指標をうまく設定できれば推定可能です。人における発がん影響は、歴史上そうやって推定されてきました。国際がん研究機関IARC(後の注記1を参考)は、人における発がん物質を分類するためにモノグラフを出し続けていますが、放射線に関しては、γ線とX線、中性子線の発がん影響は、第75巻にまとめられています。また、α線、β線、その他内部被曝する様々な核種の発がん影響は、第78巻に詳しくまとめられています。この第78巻のサマリーや分類の表は、発がん性の情報や増加するがんの種類、それが人から得られたのかそれとも人からはまだ得られていないのかについての情報に加えて、どの核種がα線やβ線を出すのかについての情報も与えてくれます。サマリーの表(第78巻、481ページ)から日本語訳をしておりますので(表1)、参考にしてください。


 


(2)人口層が被ばくした内部被ばくの事例は、実は、そんなに多くない



 放射線曝露に限らず、どのような曝露の人体影響に関する報告も、職業性曝露の報告が多くなる傾向があります。濃度の点でも人数の点でもまとまるからです。そのような中で、曝露状況が似ているということにこだわった場合、福島原発事故の人体影響問題に情報が提供できる事例は、チェルノブイリの原発事故後のがんの多発、あるいは後で述べるように、イギリスやフランスの再処理施設周辺や原発周辺での白血病の多発など、そんなに多くないのではないかと思っています。人が歴史上、どのような状況で放射線に曝露してきたのかの大まかな分類は、注記2を参照してください。モノグラフ第78巻の本文にはもっと詳しい曝露状況が記載されています。ここでは科学実験環境での被曝事故や個人の放射性物質の持ち出し等による事故などを除く、ある程度の規模の被ばくの事例です。がんに関しては、いずれの事例でも問題になってきました。


 このような状況から、定量的な放射線防護のための基準作りに熱心なICRPなどの国際機関が、結果的に広島・長崎の原爆事例や、原子力施設の労働者の事例などに、大きく依拠した分析になってしまったこともある程度無理もないところかも知れません。これらの事例は、定量的な被ばくデータが比較的得やすい、大規模な事例なのです。しかしこれらの事例のデータは、内部被ばくというよりは、主に外部被ばくに即した状況のデータと言えます。驚くべきことに、国際がん研究機関IARCでさえ広島・長崎の原爆事例に関しては内部被ばくの評価をしていません(注記2)。「広島・長崎の降下物は、直接曝露の放射線に比べると(調査され)特徴づけられていないが、小さいものだったと考えられている(is considered to have been small)」と記載されているのみです。


 さて、放射線による人体への影響に関しては関心が高く、事例の割には論文がたくさん出ているように思います。広島・長崎の被爆者の調査など、一つの事例で繰り返し論文が出ていることもあります。そして、これを評価した委員会報告書もたくさん出ています。以下のものを一応挙げますが、これ以外に、フランスやドイツなどからも出ています。それぞれにホームページがあり、報告書の入手方法も分かります。このようにたくさんあることから、放射線による健康影響に関する議論は、相当激しいことが想像できます。また、放射線被ばく下で働かねばならない人も多いことも推測できます。なお、下記の機関のうちIARCは、放射線だけでなく、すべての発がん物質の評価もしています。



  • ICRP (International Commission on Radiological Protection)「国際放射線防護委員会」

    www.icrp.org/

  • UNSCEAR (United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation) 「国連放射線影響科学委員会」

    www.unscear.org/

  • BEIR (Biological Effects of Ionizing Radiation) 「電離放射線の生物学的影響に関する米国科学アカデミー委員会」


    ※BEIR報告書は書籍にて入手可能。最新版は「BEIR VII」(2006)。

  • NCRP (National Council on Radiation Protection and Measurement) 「アメリカ放射線防護測定審議会」

    www.ncrponline.org/

  • NRPB (National Radiological Protection Board) 「国立放射線防護委員会(英国)」

    ※現在はHPA(Health Protection Agency)に統合 

  • ECRR (European Committee on Radiation Risk) 「放射線リスクに関する欧州委員会」


    www.euradcom.org/

  • IARC (International Agency for Research on Cancer) 「国際がん研究機関 (WHO)」

    www.iarc.fr/

  • RERF(Radiation Effects Research Foundation)「放射線影響研究所(日本・アメリカ)」

    www.rerf.jp



※SMC注:上記はSMCでリンクを追加・整理しています。記述は<略称(正式名称)「呼称日本語訳」>です。




 ところで放射線リスクに関する欧州委員会ECRRは、イギリスやフランスの再処理施設周辺や原発周辺での白血病の多発などの事例を重視して、二相性のモデルを提唱しています。そしてICRPの一相性のモデルは外部被ばくだけをモデル化しているので、内部被ばく、特に低線量の内部被ばくに関しては、モデルと実際の観察データのズレが桁違いに大きくなるとECRRは批判しています。つまりICRPは内部被ばくを含む慢性的な放射線被ばくの人体影響を過小評価しているというのです。二相性の一方は外部被ばくで、もう一方は内部被ばくというわけです。下記を参照してください。ちなみに、イギリスの再処理施設周辺や原発周辺での白血病の多発は、私が放射線による人体影響を勉強し始めるきっかけになった事件で、イギリスが国を挙げて調査をし、実際に多発があったことになっています。


 ECRRを評価するには、ECRRが出るきっかけとなった欧州の白血病などのがんに関する報告をレビューしたり、その他の評価をしたりなどが必要と思います。これは時間がかかります。ただ、IARCのモデルでは把握できない白血病などの多発が各地で生じていることは確かなようです。一方、内部被ばくの測定が簡単ではない(例えば、α核種の測定などは外部から困難なのに、エネルギーは一番高い)ことなどを考えると、実はICRPのモデルに合っているのに、その被ばく量を把握し切れていないという考え方もあるように思います。


 以上の議論とは別に、現在の日本の状況は、ICRPの勧告もどれだけ守れているのか定かではない状況だと思います。そして少なくともこれは守った方が良さそうだということは、合意ができていると思います。ECRRの2010年勧告と2003年のECRRの日本語での紹介(スライドでのサマリーですが)は、下記から入手してください。


 



 



また、2003年の日本語の情報に関しましては、山内知也先生がスライド原稿で紹介してくださっています。



 


注記1:


 国際がん研究機関IARCにより過去に出たモノグラフの多くは、IARCのホームページ(http://www.iarc.fr/)から入っていけば、インターネットを通して、無料で閲覧や入手が可能となっています。  


 http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/PDFs/index.php



 ホームページのURLの最初の区切りの直前がfrとなっているのは、IARCの本部がフランスのリヨンに置かれていることからきています。


電離放射線のうちγ線とX線、中性子線の発がん影響は第75巻に、


 http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/vol75/index.php


α線、β線、その他、内部被曝する様々な核種の発がん影響は第78巻に、


 http://monographs.iarc.fr/ENG/Monographs/vol78/index.php


まとめられています。それぞれ、2000年、2001年までの全ての発がん影響に関する論文が紹介されていると考えられます。これらモノグラフは、どこから放射線は来るのか、人間でどんながんが観察されたのかについても詳細に分類されています。ちなみに現時点でGroup 1、Group 2A、Group 2B、Group 3、Group 4に分類されている物質のリストは、下記のURLで見ることができます。


 http://monographs.iarc.fr/ENG/Classification/index.php



同じページでは、物質名のアルファベット順でも検索できるのが便利です。Group 1、Group 2A、Group 2B、Group 3、Group 4の分類の意味は、以下の通りです。最新のモノグラフ(第97巻)の前書きPreambleから転記して私の和訳を付け加えました。



  • Group 1:The agent is carcinogenic to humans.

    (その物質は人の発がん物質である)

  • Group 2A:The agent is probably carcinogenic to humans.

    (その物質はたぶん、人の発がん物質である)

  • Group 2B:The agent is possibly carcinogenic to humans.

    (その物質はおそらく、人の発がん物質である)

  • Group 3:The agent is not classifiable as to its carcinogenicity to humans.


    (その物質は、人の発がん物質としては分類できない)

  • Group 4:The agent is probably not carcinogenic to humans.

    (その物質はおそらく、人の発がん物質ではない)


注:IARCは、2Aのprobableと2Bのpossibleには定量的な意味はないと述べています。ただprobableの方がpossibleより大きいという相互関係は認めています。


 


注記2


表2.  曝露人口の例を付けた外部被ばくと内部被ばく源


こちらのExcelファイルを参照してください。



http://smc-japan.org/wordpress/wp-content/uploads/2011/05/tsuda-source110525-v01.xls


 

 


 









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