少し前から、外を歩くと金木犀の匂いがするようになった。
柔らかくふんわりと懐かしい匂い。実家の庭には金木犀の木があったから、あたしにとっては実に追憶という言葉が相応しい匂いなのだ。
昔、好きだった人に金木犀の匂いがすると何故かいつも君を思い出すと言われたことがあった。
それを言われてから、同じようにあたしも金木犀の匂いがすると無意識に彼を思い出してしまうようになった。なんとなくぼんやりと。
ただでさえこれまでも金木犀の香りはあたしを叙情的な気持ちにさせていたというのに、これによって何とも言い難い渋いような甘いような感覚をも呼び覚まされることになってしまった。
彼は今でも一緒にいた時代を思い出すのだろうか。
そうやって、この先は匂いと結びつけて掘り起こした感覚だけが毎年柔らかに訪れるだけになり、いつしか彼の声や顔は古びた写真よりひどく薄れて崩れていくのだろう。