イの国探検隊ファンの皆様こんにちは
今日も妄想で、かつてあったとされるイの国を探検だ!
「願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ」by西行
奥の細道の松尾芭蕉が慕った西行さん
「奥の細道」は、西行500回忌に当たる1689年の3月27日、弟子の曾良を伴い旅に出た。
下野・陸奥・出羽・越後・加賀・越前など、彼にとって未知の国々を巡る旅は、西行や能因らの歌枕や名所旧跡を辿る目的を持って、多くの名句が詠まれた。
「能因」
能=熊=熊野=祖谷=伊勢神宮内宮=神阿多都姫
神阿多都姫に因むだ!よね
西行さんが残した
「願はくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ」とは!
「鰐が死ぬのは、春の夜の月夜見が見守っている美しい十五夜に神阿多都姫の近くでありたい」
金刀比羅宮鎮座の象頭山と同体の大麻山(大麻=天皇)
にある、3世紀の石積みの野田院古墳
近くには役行者の野田院があったとされる
瀬戸内海吉備方面を望む
山麓には、空海の御誕生処、真言宗総本山善通寺
乃木大将のいた旧陸軍善通寺駐屯地と乃木神社がある。
野田院古墳のある大麻山から飯野山(讃岐富士、飯盛山)方面を望む。
奥には朝鮮式山城の城山、見えないがそのまた奥直線上には豊玉姫、豊玉彦が居た伝承の豊島
飯野山に祭られるは、飯依毘古命。
飯依毘古命の父は、日本神話の地神五代の5代目であり日向三代3代目の鸕鶿草葺不合尊
飯依毘古命の兄弟は、 彦五瀬命、三毛入野命、彦火火出見尊(神武天皇)
彦五瀬命はさぬき市の「五瀬山」として山名、三毛入野命は、東かがわ市「入野山」地区名で残る
さぬき市津田は、倭名類聚抄で「難破」、3世紀の鵜のべ山古墳と湾を囲むように4世紀の古墳群
鸕鶿草葺不合尊は鰐、その末裔には法然さん
乃木神社
乃木大将と奥さん
乃木神社脇にある緑色片岩(青石)製の碑
阿波に多く産出の青石=鉄
役行者(神変大菩薩)様
高松市内の空海再興の無量寿院。移転を繰り返し現在の無量寿院境内にある
大東亜戦争の高松空襲を耐え抜いたお姿
役行者様のお隣には、理源大師聖宝(しょうぼう)
空海の実弟真雅の入室弟子。宇多天皇の厚い帰依を受けて東寺長者、僧正などの重職に昇った。
醍醐寺の開祖で、真言宗小野流の祖。後に当山派修験道の祖とされる。
また、役小角に私淑して吉野の金峰山(きんぷせん)で山岳修行、参詣道の整備や仏像造立などで金峰山の発展に尽力したため、聖宝を、役小角以降途絶えていた修験道の再興の祖とする伝承が生まれた。
聖宝に唱える言葉は「南無聖宝尊師(なむ しょうぼうそんじ)」、三祖宝号の時は「南無遍照金剛、南無聖宝尊師、南無神変大菩薩」で、お山の中では順番は逆になる。
金刀比羅宮のある象頭山を望む
正一位水主神社 (東かがわ市)
御祭神は、倭迹迹日百襲姫命
水主神社の船形祭祀「うつぼ舟」
倭迹迹日百襲姫命が乗ってきたのがうつぼ舟をイメージだと思います

土人に弥生米を与えて米作り・・・土蜘蛛を連想させる
高松藩松平家菩提寺「法然寺」
船岡山古墳
ため池造成の土を利用した土木工事で築造と考えられている
元は、古墳上に船山神社があった
奥の細道「旅立ち」
月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老を迎ふる者は、日々旅にして、旅をすみかとす。古人も多く旅に死せるあり。予も、いづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海浜にさすらへ、去年の秋、江上の破屋に蜘の古巣をはらひて、やゝ年も暮れ、春立てる霞の空に、白川の関越えんと、そぞろ神の物につきて心を狂はせ、道祖神の招きにあひて取るもの手につかず、もも引の破をつづり、笠の緒付けかへて、三里に灸据うるより、松島の月まづ心にかかりて、住める方は人に譲り、杉風が別墅に移るに、・・・
【もも引の破】
百、倭迹迹日百襲姫命、藻も、破(難破=さぬき市津田)、難波の崎=うのべ
崎、3世紀のうのべ山古墳、
「難波津に 咲くやこの花 冬ごもり今は春べと 咲くやこの花」王仁(わに、往古王仁、和邇吉師、わにきし)
イ探妄想では、
「難波津に 裂く野狐の鼻 冬ごもり 今は春べと 咲くやこの(鵜のべ)鼻
(崎)」王仁(わに)=ワニ=鰐=和邇)
3世紀 鵜のべ山古墳 石積み
さぬき市津田 倭名類聚抄で「難破」
三角縁神獣鏡 さぬき市で出土
日本で三角縁神獣鏡があらわれる前の3世紀前葉には、神獣鏡類の画文帯神獣鏡と呼ばれる中国鏡が畿内を中心に出土している。これらの図画意匠を鏡裏に施した銅鏡を「画像鏡」というが、日本へもたらされた画文帯神獣鏡などの画像鏡の意匠を巧妙に変更して国内で量産したもの、という説がある。
いわゆる卑弥呼の鏡は、三角縁神獣鏡であるとする説が主に邪馬台国近畿説を支持する研究者によって唱えられている。
出土の鉄製品
総本山善通寺の子供を抱く空海像
鰐なんでっせ!と言わんばかりに前に角さん介さん状態の龍
龍(鰐)が護りまっせ!![]()
こちらも龍が護りまっせ!犬もおるけど
高松藩主松平さん(水戸老公の兄)
総本山善通寺の東の門社である神櫛神社
御祭神は第十二代景行天皇の第十七皇子神櫛王君
大和武尊君は第三皇子の兄神。
景行天皇二十三年に神櫛王に勅命を発し左備神、右備神と四十ニ姓神を連れ阿讃山脈を越え天川、櫛梨を経て皇子権現の森林地に至らせ讃岐の國造の始祖に任じられる。
瀬戸の海で悪魚が出没し人を襲ったり産物を奪ったり悪行で人々を困らせていた。神櫛王と家来達は福江の津辺りで見事悪魚を退治しました。その後、東讃を進行を続けられ仲哀天皇の御代に八十八歳で牟礼辺りで身罷られ、そこには宮内庁直轄の御陵があり現在も守られている。
弘法大師は長年吉田地域の氏神として崇め守り続けた。
阿春(阿波の天下春命)と妄想の高松市庵治地区に祭られる八大龍王
庵治には、元は木花咲耶姫を祭った桜八幡神社
四国最北で菟道稚郎子を祭る皇子神社(ちなみに宇治は大和最北)
八大龍王の隣に祭られる鍾馗さん似の帝釈天
「高祖御真筆 坂本尊帝釈天」?と書いてあるようだ。
高松市の栗林公園南側の観光寺にある「高野山出張処」?の道標
つまり、高野山出張処無量寿院への案内だと思われる
無量寿院は、香川県高松市御坊町にある真言宗御室派の寺院。山号は紫山(しざん)。
京都仁和寺の末寺で、付近の多門寺・西福寺など6ヶ寺を末寺としていた。
739年、行基が坂田郷(現・鶴尾地区)室山の麓に創建したのが始まりで後、空海による修造や白河法皇や亀山天皇の厚い信仰を受け七談議所の一つとして興隆し、荘厳な伽藍を有していた。天文年間(1532年 - 1555年)に戦火で焼失。
石清尾八幡宮への道標
観光寺境内には、剣山、石鎚山も祀られる
太閤秀吉も祀られる
太閤秀吉は、庵治の元は木花開耶姫命が御祭神の桜八幡神社に太鼓を寄進している。
(「神社探訪 狛犬見聞録・注連縄の豆知識」さんの記事より)
桜八幡神社
由緒 櫻之宮 櫻尾八幡宮等奉稱せられ、古来庵治一郷の産土神にして、三代物語に「庵治一郷社祀之」と見ゆ。往古は佐久良尾神と稱え木華咲耶比賣を奉祀して鎮護の神とせしが、貞和七年更に八幡神を配祀せりともいふ。紫雲山代々舊記には「承平六年八月一郷一八幡勧請同九月明海置諸社■別當」と見ゆ。嘉慶年間別當満願寺教尊願主となりて寫経六百巻を奉納す。一巻毎に奥書あり其の年号と願主を明記す。今此の寫経、欠本数巻を補ひて全六百巻願成寺に所蔵す。豊臣秀吉朝鮮を征するに際し當地の海路に熟達せし者を八名選び水先の役をなさしむ。秀吉此の浦に船を泊し當社に戦勝を祈れり。凱旋に際し吉野蔵王堂の躑躅の柱の一端を以て宮太鼓を造り報賽の為め是を當社に納む。
(国軸山 金峯山寺HPより)
吉野山から山上ヶ岳にかけての一帯は、古くから金の御岳(かねのみたけ)、金峯山(きんぷせん)と称され、古代から世に広く知られた聖域とされました。白鳳時代に役行者が金峯山の山頂にあたる山上ヶ岳で、一千日間の参籠修行された結果、金剛蔵王大権現を感得せられ、修験道のご本尊とされました。役行者は、そのお姿をヤマザクラの木に刻まれて、山上ヶ岳の頂上と山下にあたる吉野山にお祀りしたことが金峯山寺の開創と伝えられています。
蔵王堂(国宝)
蔵王堂は、金峯山寺の本堂です。本尊金剛蔵王大権現三体のほか、多くの尊像を安置しています。
蔵王堂は、白鳳年間に役行者が創建されたと伝えられています。
平安時代から幾度か焼失と再建を繰り返し、『太平記』には正平3年(1348)に足利方の高師直(こうのもろなお)の来攻によって焼失、その後、天正14年(1586)にも焼失しました。
現在の建物は天正20年(1592)ころに完成したものです。
三体の本尊は秘仏であり、普段は見ることができませんが、中尊は7mを超える巨像です。
咲く桜、木花開耶姫命。
散る桜、磐長姫命。
悲運な恋は、映画「世界の中心で愛をさけぶ」の亜紀。
以前の探検の静御前、磐之媛とも重なります。
「難波津(なにはづ)に 咲くやこの花 冬ごもり今は春べと 咲くやこの花」王仁(わに)
「熊鰐」を探検したら、
イ探的には、「岡」=遠賀=宇迦=宇迦之御魂神=倉稲魂命だと思う。
=伏見稲荷大社の主祭神=稲荷神=伊勢神宮の御倉神=須佐之男命と神大市比売の間に生まれている子(宇迦之御魂神)
兄弟=大年神
年神様=田の神=山の神
宇迦之御魂神は、阿波国なので
熊鰐=阿波国
伊勢神宮=熊野=祖谷=神阿多都姫
神大市比売の「市」
市=虹(の立つところ)=龍=鰐
神大市比売=神大鰐姫
神大市比売から妄想の神大鰐姫
「大鰐」とは、青森県南津軽郡にある町。
開湯800年以上の歴史を持つ大鰐温泉で知られる大鰐町がみつかった。
そして、そこの地には「大円寺」(だいえんじ)
この寺は、青森県南津軽郡大鰐町の大鰐温泉郷にある高野山真言宗の寺院。
通称「大鰐の大日様(大日如来)」。
寺伝によると、本尊の大日如来(以前は国宝)は奈良時代に阿闍羅山(あじゃらやま)の大安国寺に安置されたとされ、大安国寺は当地でオオアネと読まれ、地名「大鰐」の起源ともいわれているとのこと。
大円=大鰐
「オオアネ」=偉大な姉で女性
大鰐=女性=「大阿弥陀」=大日如来=天照大神
阿闍羅山中腹に水神を祀って、頂上には小池小十和田を拝し、深く信ずるものは池中に霊牛の影を見る。
伝説によると、坂上田村麻呂が阿闍羅山麓に籠もった酋長大丈丸を容易に討ち得なかった。一策を案じねぷたを作り賑やかに賊徒を巣窟より誘引して奇勝を博したのが、「ねぷたの由来」
水神=龍=鰐
牛頭天王=素戔嗚尊
あじゃら=不動明王
不動明王は剣を持つ=阿波の剣山!?
大竹丸(大丈丸)=安倍氏
安倍といえば、東かがわ市引田。倭迹迹日百襲姫命が黒田の宮から流れ着いた地。
正一位水主神社の鎮座の地で倭迹迹日百襲姫命はその御祭神。後ろの正面に祭られるは第7代孝霊天皇。
東北の安倍氏族の始祖「大彦命・建沼河別命」親子の足跡が、鬼の伝承地と重複
先住の土蜘蛛を同化吸収して平穏に定着か
大安国寺が各地に造建され鎮国道場が開かれたが、とくに新しく《仁王護国般若経》を漢訳し密教に立脚した不空が国のために灌頂道場をおくにいたって,仏教の鎮護国家化は頂点に達した。
不空金剛(ふくうこんごう、アモーガヴァジュラ)は、唐の高僧、訳経僧。金剛智・善無畏によってもたらされた密教を唐に定着させた。真言宗では三蔵法師の一人である事から「不空三蔵」と尊称し、真言八祖の「付法の八祖」では第六祖、「伝持の八祖」では第四祖とする。また「不空」とも略称される。四大訳経家の1人。弟子には、含光・慧超・密教僧で空海の師の恵果・慧朗・元皎・覚超(六哲)がいる。
何となく妄想
「大阿弥陀」ちじめて「大陀」≒「大蛇」≒「大きなヘビ」=「大鰐」
阿=始まり=阿波
大きな阿波の鰐=大日如来=天照大神=素戔嗚命=海神
これまでの妄想では、
大きな阿波の鰐=大日如来=天照大神=素戔嗚命=海神
「素戔嗚尊」さんといえば、牛頭天皇で牛、小豆島には素戔嗚尊が牛飼いを指導している滝宮地区の八坂神社の伝承と西暦700年ごろにはすでに天皇の勅で官牛放牧。
同時期に馬が対馬経由で入ってきているので、スサノオ=馬とも。![]()
奥の細道「旅立ち」の原文
月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。
舟の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて老を迎ふる者は、日々旅にして、旅をすみかとす。
古人も多く旅に死せるあり。
大鰐と「馬・スサノオ」のつながりを探検したら
直接的な「馬の口」との関連は薄いが、
[駒形信仰とスサノオ]
東北地方には馬の守護神を祀る「駒形神社」が多く、祭神としてスサノオが充てられることがある。
大鰐近隣の津軽地方にも馬の守護を祈る信仰が根付いており、スサノオの荒ぶる性質が馬の活力と結びついています。
大鰐温泉の由来と神事:
大鰐温泉は、平安末~鎌倉初期、東国行脚中の円智上人(えんちしょうにん)が本尊の大日如来(実は阿弥陀如来!・平泉様式)を移奉すべく蔵館(くらだて=東北自動車道北側の山裾)に高伯寺(=現在の大円寺)を建立中、病に倒れた。その時、夢に「この地に温泉あり。土用・丑の日に沐浴すべし。」とのお告げがあり、それに従い病が治ったとの伝説がある(大湯と丑湯の由来)。
古くから湯治場として栄えた。
江戸時代には津軽藩主の眼病を治した伝説もあり、地域を守る神々への信仰が厚い土地です。
「おくのほそ道」との地理的関係では、松尾芭蕉の旅(おくのほそ道)の最北地点は岩手県の平泉や秋田県の象潟(きさがた)であり、青森県の大鰐までは到達していないが、芭蕉が辿った「駒形」などの馬に関わる歌枕は、同じ東北の文化圏として大鰐の信仰とも共通の背景を持っている。
香川県金刀比羅宮本教総本部前の参道にある灯籠
青銅大燈籠(重要有形民俗文化財)
発願主は、山形県南村山郡堀田村 斯波兼松さん
山形県酒田市の小野田さんの鋳造
願い主は斯波(しわ)さん
斯波氏は、鎌倉時代に足利泰氏の長男家氏が陸奥国斯波郡(しわぐん、現・岩手県盛岡市の一部および紫波郡)を所領とし、宗家から分かれたのに始まる 。
鰐氏と妄想の小野氏
(青銅大燈籠についての記事、山形県HPより)
これは、山形鋳物の名工・小野田才助の手によるもの。
高さ4.8mもある精緻な造りで、地元山形市の山寺立石寺に1体、宮城県金華山黄金山神社に一対、同様のものが納められています。
金刀比羅宮に奉納された青銅燈籠のなかでは最も豪華で、国の重要有形民俗文化財にも指定されています。
山形鋳物の発祥は、ほぼ1,000年前の平安後期。前九年の役で源頼義軍と一緒にきた鋳物職人が、山形市内を流れる馬見ヶ崎川の砂と千歳公園付近の土質が鋳物の型に最適であることを発見、数人がこの地に残ったことが始まりと伝えられています。
灯籠には龍が巻き付いています。
笠のそれぞれの角にも龍。![]()
龍=鰐=亀=丸
ワニと妄想が進みます。
松尾芭蕉は、青森県の大鰐までは到達していないが、
芭蕉が辿った馬に関わる歌枕は、東北の文化圏として大鰐の信仰とも共通の背景を持っているとのこと。
芭蕉さんの馬とは、東北の大鰐信仰!
(きっぱり!)
みなのもの!
この度も東北に細道じゃ!
つべこべ言わず勝鬨(かちどき)だ!
倭座 鰐スサノ尾牛馬文化圏へ参るぞ!
(われらイの国天津神の末裔)
裔、裔、お~~!
「青森県の大鰐までは到達していないが、」を、わざと小声で言うて
素戔嗚さん牛頭の牛に続いて馬も鰐関係やて
隊長の妄想もだいぶん進行しましたな。
ビタミンB12あたりのサプリ飲ませといたほうがええんちゃうか?
イの国~東北への細道は、あり〼!
けつねうろん妄想ジャンカー イの国探検隊日月ホトトギスがお伝えしました。
ではまた![]()

































