夢日記   島尾敏雄 | やるせない読書日記

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 人並みに島尾敏雄の名前は昔から知っていたが、読む気がしなかった。理由は幾つか

あって吉本隆明が一時、島尾敏雄を持ち上げていた。俺は吉本、嫌いだったので吉本が

好きな作家っつうのもねえというので敬遠していた。それと島尾敏雄の売りだった。か

あちゃんとの至高の恋愛体験云々も嫌いだった。島尾が海軍の特攻隊の隊長で奄美大島

に赴任して、島の巫女である女と恋愛してどうのこーのというのが嫌だった。誰にでも

恋愛なり結婚があってそんな事に優劣なんかあるわけないだろうのに、さも自分たちは

作家であるから特別だというのが嫌だった。もっとも俺は高名な「死の棘」もそのほか

の島尾の作品も読んだことがなかったのだが、吉本隆明が好きな奴がいてそいつが、島尾

敏雄とかあちゃん(島尾ミホ)の恋愛はすごいとかなんとか言っているのを聞かされて

島尾敏雄が嫌いになっのだ。俺、そいつが嫌いだった。

 であるが、最近、島尾と吉本が晩年、大ゲンカしたという記事を見たり、ゴールデン街

で中上健二(この人も俺、好きじゃない)にからまれて、逆に一喝したといのを知って、

あれ、島尾敏雄いいんじゃないというわけで、高名な「死の棘」と本作をアマゾンで購入。

買った理由はもう一つあって、俺はつげ義春が好きなのだが、つげは夢を題材に作品を何篇

か描いているが、夢を題材にする契機の一つになったのがこの「夢日記」であると何かに

書いてあったからだ。

 まあ、一応、読んだけれど結論から言えば大して面白くなかった。


 ”夢”の中に立ち現れてくる日常の光景、過去の記憶、ある
 
 いは非現実の景色、それらを克明に書き記すことで、一人の生が<私>を超えて普遍的な

 実質として結晶化されていく。著者の文学的原型を提示する稀有な魂の記録。



 文庫の帯のコピーライトがだが、それ程のものではないと思うが。


  感想1

  昭和四十三年三月六日から始まり昭和五十年十一月二十四日まで、著者は51歳から

  58歳までの時期。毎日の記述ではなく半月くらい間があくことがあるし何月某日と

  いう記述もある。根拠はないけれど記述が僕たちが見る夢のようにあんまりつまらな

  いので実際に見た夢で文学的な脚色はしていないと思う。つげ義春のマンガで描かれ

  たえげつなく下品な性的な夢を期待したが性的な夢はことの他少ない。

  感想2

  夢は作家ではない凡庸な私たちでも毎日見ている。そうするとこの島尾が実際に見た

  だろう夢の記述にどんな価値があるのか良く分からないし、漱石の「夢十夜」とか

  横尾忠則の「夢日記」のほうが荒唐無稽で面白い。本当に見た夢でも脚色された夢

  でも読み手にはどっちだか判別つかない。

  感想3

  夢に妻や子供が頻繁に出てくる。生活を一つにしていると意識の深いところにまで

  家族は刻印されるようだ。

  感想4

  同じように作家が夢にしばしば出てくる。開高健、埴谷雄高、吉行淳之介などだ。

  たとえば昭和49年のこんな夢。

  五月五日

  秘密の文学グループができて武装しているようなのだ。

  ぼくはその動きに与っていない。若干寂しさもあるが、進んでそのグループにはい

  る気にはならぬ。

   井上光晴はその仕組みにかみ合っている。吉本隆明と話している。今まで読まなかっ

  たが今度かためて読んでみて、井上はいい位相を獲得していることがわかった、と吉本

  は親身になって言っている。それを聞いているぼくは軽く浮き上がった。井上にはかな 

  はない。吉本の言葉に井上はすっかり元気づき興奮している。井上は店を構えていて、

  それを彼のためには命も投げ出す若者が店番をしている。吉本と井上がチョーセンジン

  がどうのこうのという話をしはじめると、中学生の学帽をかぶった少年が、井上の店   

  先から鋭い目な差しでこちらを窺がっていた。チョーセンという言葉にすぐ反応する

  ぞ、と誰かが言っている。その少年は朝鮮人らしい容貌をしているが、即時待機の感じ

  で井上を見ている。井上はそれだけのことをしているからな、と思う。吉本は彼の

  関心の主題が井上の文学の方にあるとわかり、そちらにきもちを移したようだ。


  この夢が一番面白かった。特に、今まで読まなかったが

  今度かためて読んでみて、井上はいい位相を獲得していることがわかった、と吉本は

  親身になって  言っている
。という箇所には笑わせられた。吉本はしばし

  ば位相という言葉をこんな風に使っていた。

    でも、作家という職業だとこいう夢を見るのだ。本当かね。

   感想5

   自分の経験から言えば、夢は起きれば」すぐ忘れるし、ほとんど文学的でも啓示をふく

   む素晴らしい夢などはなく、不条理で幼稚で馬鹿馬鹿しくおぞましいものばかりだ。

   こんなものをほとんど毎日、書き留めていたというのもどうかと思う。

   作家の見る夢が普通の人間と違って有意義とは思えないのだが。