色川武大には何冊か芸人ものがあるが、ネタが被っていないのが凄い。小学校から学校をサボって
寄席、映画館、軽演劇の小屋を徘徊しているだけあって観ている役者、落語家、コメディアンの数が
もの凄い。もっとも三島由紀夫が幼少のころから親しんでいた歌舞伎、新派という上品なものはなく
やくたいもないB級のものばかりを愛好しているのだが。「寄席放浪記」は色川の演芸もののもっとも
コアな形態でマイナーなほとんど色川しか覚えていないような芸人を愛情をもって描いていた。ほと
んどの芸人がうまくいかず野垂れ死にするという構図に色川自身陶酔しているような筆運びで書いて
いるのだが「なつかしい芸人たち」はもう少しメジャーで(相撲取りや野球選手も含まれている)それほ
ど零落して野垂れ死にという結末に見舞われているわけでもない。二つ三つ「寄席放浪記」に収録さ
れている文章もあった。
色川は演芸や芸人に対して評論家というよりも芸人の仲間、しかも各上の兄貴分のような存在である
ようだ。楽屋にも出入りしているし芸人とも親交がある。しかし提灯記事を書くわけではない。
芸人に対する愛情があるからジャズ評論家に良くある自分は何もできないくせに偉そうな言い草を
垂れるということはない。まあそういう処がいいのだ。
「寄席放浪記」で談志と対談してるが兄貴分と舎弟のような雰囲気が感じられる。実際そうだったろうが。
いつもはクドクド、本の内容について書くのだがあんまり今日は書く気がしない。本が面白くないという
わけでもないがなんとなく億劫だ。
感想にもならないが逗子とんぼという若い人は絶対知らない役者がいる。大昔、テレビが白黒だっ
たころ小学生だった僕は彼がNHKや民放の青春コメディにひょうひょうとした端役で出ていた記憶
がある。頭がモシャモシャで痩身で人の良さそうな顔をしていた。この本で「とんぼがんばれ」の章
で逗子とんぼについて書いてあった。逗子とんぼまで色川の守備範囲なのかと驚いたが、子供の
ころ僕は逗子とんぼのような大人に親近感をもっていたことを思い出した。