思えば11月頃から、Sの異常行動が目立つようになってきました。
しかしそれは、日々食事を共にするうちにたまっていった鬱憤によって、他の行動も目に付くようになったからかもしれません。
その頃になると、夕食時に一方的に話すのはSだけになり、内容も、意味不明で支離滅裂な内容を一方的に聞かされる状態になっていました。例えば、
- アメリカ政府、人体実験陰謀論
- 日本政府、健常者の精神病院への強制入院による税金の無駄遣い
- ベルギーで人権被害を受けた亡命者の行方
そして事件は11月中旬に起きました。
その土日にかけ、友人とスイス国内を旅行を私は計画していました。友人がはるばる日本から訪れてくれており、ジュネーブ滞在中友人は私の部屋に泊まっておりました。
土日にかけてベルンやチューリッヒを巡り、満足して帰ってきた私は、奇妙な出来事に出迎えられます。
Sとの共用の浴室にあったタオルスタンドが、壊れているのです。
棒の部分とスタンドの部分を接続するねじが取れており、それが原因で立たなくなっているようでした。
Sに何があったのかを問いただすと、
「私は存じ上げません。おそらく、外からの部外者がねじを盗んでいったのかと。そういえば、ぴーなっつさん、ご友人を連れていらっしゃいましたよね?」
暗に、自分の責任逃れをするばかりか、私の友人のせいだと主張したのです。
私は非常に不愉快になりましたが、その時点ではSの狂気に完璧には気づいていなかったため、そのまま大家さんに報告することにしました。
結果、共有部分で起きた物品の破損ということで、弁償を命じられました。
私は、自分の不在中に起きたことであり、自分に責任はないと割と強く言い張りましたが、頑固な大家は、「誰がやったかは問題ではない。共有部分で起きたことならシェアしているテナント同士で弁償すべき」の一点張り。
結局、Sと割り勘で弁償、設営をすることになりました。
(動きの遅いSの代わりに、敏捷な私がオーダー、設営全てやるはめに)
私がぎゃあぎゃあ騒ぎながら、一連の作業を行っている間、Sはやけに静かに物事の成行きを見守っていました。
このあたりから、Sに対する疑いを持ちつつも、確固たる証拠を掴めずに私はもやもやし始めました。
そんな最中、さらなる事件が起こるのです。
これまた共用部分にあるスタンド式掃除機の柄の部分を支えるねじが抜かれて、柄の部分が立たなくなっていたのです。
原因は、前回と同じく、くぎ抜き、でした。
ここで、まだ確たる証拠はないものの、次々にねじが抜かれて、いろんなものに不具合が出てくることに私は恐怖を抱き始めました。
(結果として、その掃除機の柄の部分はプラスチック用のノリで止めたので弁償をまぬかれましたが、次は何のねじが抜かれるんだろうとその出費を考えるだけで冷や汗でした)
そんな最中、決定的な出来事が起こるのです。
それは土曜の朝でした。
キッチンで朝ご飯を用意していると、キッチンテーブルに、非常に大きなくぎ(ねじ)が置かれているのです。
大家に、あのくぎは何だと問いただすと、
「Sが床に落ちていたからと持ってきたものだ」というのです。
私は怖くなって、Sが家じゅうの(共用部分のあれやこれや以外にも)ねじ・くぎを抜き続けている可能性が高いと踏みました。
人間は、一つのことに注意を注ぎ始めると、関連した物事に目が行きやすくなると言います。
ふと、Sの扉に目をやると、とんでもないものが目に入ってきたのです。
鍵穴の部分にセロテープがびっしりと貼られ、鍵穴のしたの「ねじ」部分に、なにやら呪文のような文字が書かれたセロテープが何重にもブロックするように貼られていたのです!!
怖い怖い怖い
このねじに対する執着を見て、私はようやく、確信しました。
スタンドのねじを抜いたのも、
掃除機のねじを抜いたのも、
家のどこかからねじを引っこ抜いてきたのも、
すべてSの仕業であると‥‥
自分でねじを抜いていたにもかかわらず、平気でスタンドの故障の原因を私の友人に擦り付けようとしていたことも思い出し、ますますぞっとしました。