トロイ戦争は起こらない (2017.10 新国立劇場) | 今日もこむらがえり - 本と映画とお楽しみの記録 -

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新国立劇場20周年記念公演
トロイ戦争は起こらない
(2017.10公演をBSプレミアムにて放送)

作: ジャン・ジロドゥ
翻訳: 岩切正一郎
演出:   栗山民也

出演:
鈴木亮平(エクトール)、一路真輝(エレーヌ)、鈴木杏(アンドロマック)、谷田歩(オデュッセウス)、江口のりこ(カッサンドル)、川久保拓司(パリス)

粟野史浩、福山康平、野口俊丞、チョウ・ ヨンホ、金子由之、 薄平広樹、西原康彰、原一登、坂川慶成、岡崎さつき、西岡未央、山下カオリ、鈴木麻美、角田萌果、花王おさむ、大鷹明良、三田和代

 

 

こちらも、当時気になっていた舞台公演。公演はJTBがスポンサーでしたが大河ドラマ「西郷どん」の兼ね合いでしょうか、NHKで放送されていたので録画しました。阿刀田高さんの『ギリシア神話を知っていますか』が滅法面白かったので、記憶が薄れる前に、脳ミソがギリシア神話

気分のうちに・・・と鑑賞( *´艸`)。

 

このお芝居、原作があったのですね。原作者のジャン・ジロドウ(1882-1944)は外交官であり、詩人・劇作家でもあったとのこと。『トロイ戦争は起こらない』は、タイトル通りギリシア神話のトロイ戦争を元ネタとして1935年に発表した戯曲で、世界が第二次世界大戦へ向かう機運の中、外交官として世界情勢に接するごとにナチス台頭への危機感を募らせ、文芸家として平和への祈りを込めて手掛けた作品だそうです。

 

舞台は、アジアとの長きに渡った戦争をようやく終わらせて、トロイの王子エクトールが帰国するところから始まります。やっと平和が訪れると喜ぶべきところ、エクトールの弟パリス(パリスの審判のパリスですね)が、スパルタの王妃エレーヌと恋に落ちさらってきてしまったが為に新たにスパルタとの戦争が始まりそうになっている、という状況です。果たしてエクトール王子は、トロイ戦争を阻止することができるのか、という物語。

 

登場人物の名前と設定は基本的にギリシア神話にのっとっていますが、ヘクトール=エクトール、ヘレナ=エレーヌ、アンドロマケ=アンドロマックといった具合に固有名詞は全てフランス語発音になっていますので、この記事においてもフランス語名を使用します。頭の整理には上の↑人物相関図をご利用ください。

 

 

ギリシア神話の登場人物たちですが、演出の栗山民也さんのインスピレーションにより、衣装は近代風。脚本を読んだ時に感じた空気や音は、ギリシア風のクラシカルな衣装には合わないと思った、と番組のインタビューでおっしゃっていました。無事に国へ帰りつくことができて愛する妻と家族に再会し、しかも妻のお腹には自分の子供が・・・戦争の悲惨で忌まわしい思い出を封じて、この先の未来へ、暖かな幸せへ目を向けようと決意のエクトールに、妻のアンドロマックは憂い顔です。パリスが持ち込んだ厄災、エレナによりもたらされる不幸の予感に心を悩ませているためでした。

 

 

鈴木亮平さんと鈴木杏さん(あっ鈴木繋がりだ。と、今頃気が付く^^;)。実力派2人の呼吸の合った、そして緊迫感漂う丁々発止。やがて国王となるべき自分の立場から、愛する家族を守りたいという想いから、苛烈な地獄を生き抜いてきた罪悪感と平和への渇望から、何が何でも戦争を阻止して平和を守りたいという責任感に突き動かされるエクトール。母親として妻として、豊かな未来をどうしても手に入れたいアンドロマック。それぞれの、愛情と、試練があるのです。

 

 

真面目で責任感の強いおにーちゃん(エクトール)に比べて気楽な次男ポジションのパリスは、イケメンなモテ男役担当(笑)。彼も生まれた瞬間に父王に暗殺命令を出されて、自分の出自を知らされる密かに貧しい庶民の子として育てられたり紆余曲折えらい大変な目にあったハズなんですが、生まれながらの高貴なDNAが、どんな苦労も彼の品の良さと坊ちゃん気質に垢をつけなかった、真正のプリンス・・・ということでしょうか(苦笑)。川久保拓司さん、見事に無責任な恋に落ちちゃったプレイボーイを演じきっていて、エクトールのシリアスさと好対照^^。

 

 

ちょっと賢かったがためにゼウスを袖にしちゃったのが原因で、正確な予知能力を身に着けながら誰もその言葉を信じてくれくれないという不幸なジレンマを背負ってしまった、エクトールの妹カッサンドラ。江口のりこさん、ポジション的に私の中で安藤サクラさんとカブリがちなんですが^^;、最近映像作品にも頻出のご活躍。この舞台でもかなりいい味醸し出してらっしゃいます。達観したような、意地悪なような、おっとりしているような、思索的なような、不気味なような、、、とらえどころのないカッサンドラ。いい感じ。

 

 

一路真輝さん演じるエレーヌは、一番ギリシャ風でとらえどころのないスタイリング。のらりくらりふわり、つかみどころのない本心の見えない不思議な女性。坊ちゃんパリスがコロリとまいっちゃうのも致し方なしの魔性の女性。スパルタへ帰るよう、エレクトールが真剣に説得するも、暖簾に腕押し。夢見るような、狡猾なような、、、。

 

 

取りあえず、今やパリスだけじゃなく国中の男性が老いも若きも皆、エレナに夢中。エレーヌがいないトロイなんてもうあり得ない!というありさま。エレーヌ自身の真意はともかく、エクトール以外の男性は全員、エレナは渡さないの大前提。戦争上等!状態。でも自分達が戦場の前線で戦うことはもはやない国王や重臣達はなんかズレてるというか、どこかオットリ間抜け^^;。

 

戦争に勝つためにまず必要なのは?まずは戦意を上げる音楽が必要!さっそく作曲させなくては。そして言葉で相手の戦意をそぐのが友好的かと。でも我々は気質が優しいから相手を侮辱する言葉のボキャブラリーが著しく少ない。これは問題だ。ボキャブラリーを増やす為に、ここは”相手を侮辱する言葉のコンクール”を開催しようではないか!・・・って、おじさまたち~(;゚Д゚)。

 


そうこうしているうちに、エレーヌの夫、スパルタ王の側近で親友の武将オデュッセウスが使者としてトロイに到着してしまいます。オデュッセウスにも、のらりくらりペースを乱さないエレーヌ。すわ、交渉決裂か、戦争勃発か。国の運命を背負ったエクトールのプレッシャーは極限越えです。


戦いは必ずしも男性だけのものではありません。女性たちだって、男性とは違う方法で戦っているのです。アンドロマックとエレーヌの、表面上はふわふわ手ごたえのないような会話に含まれたヒリヒリとした緊迫感。女性同士の対立も見応えのひとつ。



エクトールの必死の努力と忍耐と、オデュッセウスの知己とによって交渉は平和的な方向に双方納得の上収まりつつあったのですが・・・退屈した議会の見物人の中から野次が飛び始め、パリスがエレーヌを誘拐した際のボートの乗組員の発言がきっかけで事態は否応なく開戦の方向へと風向きが変わってしまい・・・。



戦争は人間を平等にするための最も浅ましく最も偽善的なやり方だ!
 
エクトールの必死の叫びは届くのか。手ごわいオデュッセウスは、トロイにとって、エクトールにとって、決定的な敵となるのか味方となるのか。大きな流れを、せき止めることはできるのだろうか。クライマックスに向けてどんどん目が離せなくなります。

 


エクトールとアンドロマックが目撃する結末は・・・人間の力と努力によってトロイ戦争は、食い止めることが果たしてできたのか?・・・その答えは、観客ひとりひとりが目撃し、受け止めるべきことなんでしょう。
 

録画でも、見応えのある舞台でした!舞台装置や演出も印象的。戦争、平和、愛、人間の業といった重たいテーマですが、いい意味で小難しくなく、緩急のバランスもよく長さを感じず最後まで集中できました。内容を消化して自分なりのカタチを整えるのには少し時間が必要ですが、、、。ギリシア神話って、やっぱり懐が深いというか。時代を超えてイマジネーションの源であり、人間のあらゆる要素が詰まっているのだなぁと改めて感じました。