![]() | 笑いオオカミ 2,052円 Amazon |
津島佑子さんは、以前から気になっていました。
本当は最近発刊された『ジャッカ・ドフニ』を読みたいのですが、
図書館の予約待ちがまだ少しかかりそうなので、先に
同じく気になっていた『笑いオオカミ』を先に。
初めて読む津島さんの文章は、流れるような、独特の鷹揚ある
綺麗な文章で、ひっかかりなくスルスルと浸透します。
読みながら、静かな音楽が聞こえてきそうな不思議な感覚。
音楽を内在する文章、という点において宮沢賢治さんとの
共通性を感じました。そういえば、汽車および列車の旅と、
その間の幻想的だったりもする主人公たちの体験は、
どことなく『銀河鉄道の夜』も彷彿とさせます。
「みつお」と名乗る17歳の少年と、12歳の少女がある日
一緒に旅に出かけ、兄弟のふりをしながら自分たちを
『ジャングルブック』に出てくるオオカミの「アケーラ」と
少年「モーグリ」、または『家なき子』の少年「レミ」と犬の「カピ」
になぞらえて、”ジャングル”から”灰色のサル(=人間)”たち
であふれる”人間の巣””冷たい寝床”を彷徨っていくうちに、
様々な出来事や事件に遭遇します。
夜行列車に乗って最初の体験の後から、同様の事件の
新聞記事が数件づつ挿入されるようになりますが、記事の
日付けをみて「あれ?」。昭和34年だったはずなのに、
記事の日付は、昭和20-22年を前後して遡っていきます。
そして、横須賀でコレラ発生して沖で隔離されていた船に
乗り込んだ後は、死と再生を繰り返す。死ぬ、と思って
気が付くとまたどこかへ向かう汽車の中。
果たして夢だったのか、現実だったのか?
17歳の少年と12歳の少女を結びつけるきっかけとなった、
少女が赤ん坊の頃に死んだ父親の事件は津島さんが1歳の
時に他界した父親、太宰治氏の事件を思い起こされるので、
主人公の少女の寂しさやたくましさ、未知のものへの漠然と
した憧れや畏怖、など津島さん自身の少女期の勘定や経験
に重なる部分があるようにも思われます。また、少年の、
潔癖さやそこはかとない絶望感、自己的で欲望的な大人への
嫌悪感、理想なども、思春期の津島さん自身の一部だったの
かもしれません。
母親を知らない少年と、父親を知らない少女、それぞれの
寂しさと孤独を抱えた二人の、二人だけが感じた絆や喜び、
ひそやかな冒険の楽しみ。でもそれは、大きいサルたちで
しかない大人からしたら、よくあるワイドショー的な「若い男性
による少女の誘拐」、倒錯じみた偏愛嗜好の男による、
未発達だけれども潜在的な女性性を湛える少女を自分の
望み通りの妻もしくは恋人に仕立て上げたい欲望による
猥褻で薄汚れた「事件」としてあっさり型をはめ、処理され、
わかった風に語られてしまう理不尽さ。
実際には、ただ黙々と淡々とあてのない列車の旅をしていた
だけで、途中で遭遇する事件の思い出は、少年が新聞記事
で目にした事件と少女というある種偶像的存在から想像を
膨らませたたものか、あるいは少女が”事件後”に少年が
集めていた新聞記事を読んで連想し夢想したものか、旅の
間に二人もしくはどちらかが見た夢だったのか。
実に多くの要素が含まれていて、様々な解釈や感じ方が
可能な不思議でリアルで心に迫る物語です。一読では気が
ついていない象徴やレリーフなどがまだまだ沢山ありそうで、
何度も読み直してみたくなる作品です。
ただ。敗戦から戦後の混乱期の日本が舞台になっている
ので、まさに血迷った目の色のサルのような人たちがそこら中
蠢いていたであろう、不安定で不衛生な社会情勢が描かれて
おり、コレラ、下痢、嘔吐、狂犬病、野犬が人を襲う、ノミ、
汚物、、、、等々が淡々と克明に描写される箇所がありますので、
センシティブな人は自身の体調不良の時や食事の前後など
はそこだけちょっと気を付けた方がいいかもしれません。