少林寺拳法、稽古日。
今日は、基本稽古を少しやり残り一時間半法話 説法とあいなり原始仏教について先生のお話がありました。ブッタシッタールタ遊学の始まりから、悟りを開いた釈迦が人々に教えを説くという処にいたり、
四苦八苦という言葉にある、根本的な人間の悩み。 生 老 病 死 というきっては切り離せない人の性をどのように克服するかという、経典に書かれている何万何千巻というお経を凝縮して説いたのが
~正 八 法~
たしか、そんな名だったような気がしますが、まず”正見”正しく周りで行われている物事を見定め知るということ”正思”あらゆる角度から、正しくあくまで揺るぎない中立な立場をとり己の心で答える”正説”自分の中で答が出たのならそれを、正しく言葉を選び相手に伝える”正業”日々の仕事の中で自分の役割が正しく行なわれているか”正命”仕事を含め、生活全体を見渡し自分が悔やむことなく正しい時間を過ごせているか”正道”人生おいて正直に己にとって、周りに対し正しい選択ができているか
”正精” 正見 正思 正説 正業 正命 正道 いままでの事柄に対し生きている毎日を正しく勤める、努力するということ。さすれば、”正悟”定禅 即ち何事にも動じない静かに見定め、落ち着いた心を得ることができるという。
聞いた話を思い出しながらなので必ずしも全部合ってるかは分かりませんが、感じたことを自分なりに示しました。しかし、全てにおいて記されている”正しく”というのは 「うぅ~ん」難しいです。全体の中で一つ分かると、周り廻って全てができていく・・・わかったからといって苦しみが消えるわけではないけど、もし本当に人生を歩むのなら真生していくと、「ささいな事でもありがたく思い充実していく」と先生がおっしゃっていましたが、僕もそう想います。知らなくてはいけないこと、やらなくてはいけないこが、まだまだ多くありますが、せめて一日の終わりは 「ありがとう」 で終わりたいものです。
合掌