偶然尾崎豊の音源をクリスマスイブに貰ったので、聖なる夜に聞いてみた。
(クリスマスプレゼント?(笑))
「15の夜」がデビューシングルなんですね。
世代的に尾崎豊はドンピシャというか、10代の頃に尾崎豊の歌は売れていて、友達の多くも少なからず影響を受けていたと思う。
大人になって改めて聞いてみると、早熟な10代だったんだなって思う。
やっぱりすごいね。
当時自分との違いを感じなかったんだけど、素直な気持ちで聞くと、彼の非凡さが分かる気がする。
「自分との違いを感じなかった」と書いたけど、それが10代の代弁者と言われる所以なんだろうね。
心の中に渦巻いていたモヤモヤした部分を包み隠さず表現しているんだもの。
共感できる部分と、「私はそこまでは思ってませんでした」という部分とあるんだけど、分かり易いメロディー、分かり易い言葉って大事だなって思った。
いくらスゴいことしてても相手に伝わらなくちゃ、単なる自己満足だもんね。
尾崎と言えば高校。
そして生徒会。
文化祭。
そういう単語が浮かぶ。
情景も浮かんでくる。
高校1年から2年にかけて私は生徒会役員をしていた。
(一番楽そうだった「文化委員」でした。)
当時の生徒会は私の高校でもたぶん伝説になってるんじゃないかな?
生徒会役員のほとんどが煙草か、飲酒で停学くらったの。
そして、生徒会の顧問だった先生が誰だったのか思い出せない事に気づいた。
美術部の先生だったっけ?
その顧問の部分がもやーっとしてて、もしかしたら間違ってるのかもしれないんだけど、顧問も今思えばちょっと他の先生と違う感じで、アウトローな先生だったように思う。
役員のメンバーも、クラスでちょっと浮いた感じの人が集まってたと思う。
(そういう私も浮いていたのかな?私は大学進学の為に少しでも内申点をあげておこうという腹黒い目論見だけで入ったんだけど。)
それでも役員みんな仲良くやってた。
何とか祭とか始まると遅くまで集まっては、準備の仕事をしながら色々な事を話していた。
盛り上がってくると、学校の近くに住んでる女の子がいて、その子の家に集まってお酒を飲みながら遅くまで話し合ったりしてた。
その子はお父さんがいなくて、お母さんは夜の商売をしていたから、いつでも夜は子供たちの集会所だった。
高校1年の春頃から夜な夜な集会が行われるようになって、だんだん相当ガラの悪い他校のいわゆるヤンキーまで集まるようになったんだけど、ここでの集会は冒頭に書いた「生徒会役員のほとんどが煙草か、飲酒で停学」事件には関係ない。
たぶん先生達も知らなかったと思う。
その家に集まったメンバーは本当にバラエティに飛んでいて、バンドやってる子や、学校では優等生(それは私か)、中学時代はシンナーやってて前歯がボロボロの子や、もの凄く頭が良くて理論的な子もいたし、単なるお調子者のヤンキーもいたし、それはそれは面白い時間を過ごしました。
ここで飲み過ぎるとどうなるかも知ったし(笑)
まあ、それは置いておいて。
お酒飲んで、尾崎聞きながら、深い話をしていたんですよ。
学校のこと、親のこと、今までの生い立ち、政治のこと、ほんと色々。
私は門限が厳しかったので時々しか参加しなかったんだけど、毎晩それは繰り広げられていたと思う。
うっすらした記憶だけど、1年の文化祭に生徒会長と、副会長(毎晩宴会場を提供していた女の子)は、開催当日バックれっちゃったんです。
私は当時美術部と生徒会を掛け持ちしていたので、夜の集会は参加してなかったんだけど、そのころには尾崎カブレしている二人の様子にほんとにうんざりしていて、文化祭当日に至るまでに何度も注意したし、目を覚ませよと言ったけど、文化祭の要になるはずの肝心の会長と副会長が心ここにあらずで、まったく彼らに伝わらなかった。
そんなこんなで当時の私は尾崎豊がすべての元凶だと判断した。(子供だね。)
時期が前後してるかもしれないんだけど、1年の夏休み辺りで生徒会のお疲れ会があった。
文化祭のたぶん前だと思う。
うちの高校って、文化祭秋だったと思うんですよ。
役員全員でどこかの近所の保養施設でお泊まり会するってのだった。
思い出した合宿だ!
参加費が2万位。
ふふふ。
私は親から2万貰って、その2万でウォークマン買った(笑)
ということでお泊まり会は行かなかった。
(確か、親にはちゃんと正直に2万くれるんなら合宿行かないから、ウォークマン買うと宣言してました。)
合宿にも行かなかったし、文化祭はバックレられるしで、副会長と本当は仲が良かったのですが、いつの間にか疎遠になってた。
(案外根に持つタイプだったんだなと)
そして2年の春に突然、始業式早々だったと思う。
生徒会の役員のほとんどが停学になった。
それは半年も前に行った合宿で、飲酒と喫煙が見つかったということでした。
参加した役員(生徒)のひとりが、飲酒してしまったことの罪に耐えきれなくなって、先生に密告したことが事件発見の発端でした。
(そうそう、書くの忘れていたけど、生徒会メンバーの中にとんでもない小心者の堅物がいたんですよ。もう名前も忘れちゃった。田中さん?鈴木さん?そういう感じの名字w)
新学期早々、担任から呼び出しを食らいました。
(この担任はクラス替えがあったにもかかわらず結局3年間私の担任でした。)
「どうして1年の時に生徒会であった合宿に参加しなかったのか?」
「お酒や、煙草を彼らがやっているのを知っていたから、嫌でいかなかったのか?」
そういうような事を聞かれました。
今の私を知る人は分からないと思いますが、高校時代は成績もそれなりをキープして、生徒会もやっていて、服装の乱れもないお利口さん(のふり)でした。
なので、担任にはそれなりに信頼されていましたので、そういう質問になったのでしょう。
正直、酒も煙草も(酒は私も飲んでましたけど)知ってましたし、多分合宿に行っていたら私もお酒は飲んでいたでしょう。
前から知っていたということは言わずに、「参加してたらお酒は飲んだと思う」と正直に言ったと思います。
保身のためでなく、私の余計な一言で、それ以上彼らの停学が長くなっては悪いなと思ったから。
3年になったばかりの先輩達が可哀想でした。
これからの就職活動に響くでしょう。
進学する先輩もいましたが、どうなったか気の毒すぎてあんまり詳しくきけませんでした。
ここで幼い私は尾崎豊がやっぱり悪い。
と、昨年の文化祭辺りの怒りが復活し、それ以降ちゃんと尾崎豊を聞くことはありませんでした。
この停学の話は余計だったかもしれませんが、これが私が尾崎豊を拒否していた理由です。
というような回顧録。
20年ぶり位に尾崎をちゃんと聞いたので、高校時代を思い出して……。
(クリスマスプレゼント?(笑))
「15の夜」がデビューシングルなんですね。
世代的に尾崎豊はドンピシャというか、10代の頃に尾崎豊の歌は売れていて、友達の多くも少なからず影響を受けていたと思う。
大人になって改めて聞いてみると、早熟な10代だったんだなって思う。
やっぱりすごいね。
当時自分との違いを感じなかったんだけど、素直な気持ちで聞くと、彼の非凡さが分かる気がする。
「自分との違いを感じなかった」と書いたけど、それが10代の代弁者と言われる所以なんだろうね。
心の中に渦巻いていたモヤモヤした部分を包み隠さず表現しているんだもの。
共感できる部分と、「私はそこまでは思ってませんでした」という部分とあるんだけど、分かり易いメロディー、分かり易い言葉って大事だなって思った。
いくらスゴいことしてても相手に伝わらなくちゃ、単なる自己満足だもんね。
尾崎と言えば高校。
そして生徒会。
文化祭。
そういう単語が浮かぶ。
情景も浮かんでくる。
高校1年から2年にかけて私は生徒会役員をしていた。
(一番楽そうだった「文化委員」でした。)
当時の生徒会は私の高校でもたぶん伝説になってるんじゃないかな?
生徒会役員のほとんどが煙草か、飲酒で停学くらったの。
そして、生徒会の顧問だった先生が誰だったのか思い出せない事に気づいた。
美術部の先生だったっけ?
その顧問の部分がもやーっとしてて、もしかしたら間違ってるのかもしれないんだけど、顧問も今思えばちょっと他の先生と違う感じで、アウトローな先生だったように思う。
役員のメンバーも、クラスでちょっと浮いた感じの人が集まってたと思う。
(そういう私も浮いていたのかな?私は大学進学の為に少しでも内申点をあげておこうという腹黒い目論見だけで入ったんだけど。)
それでも役員みんな仲良くやってた。
何とか祭とか始まると遅くまで集まっては、準備の仕事をしながら色々な事を話していた。
盛り上がってくると、学校の近くに住んでる女の子がいて、その子の家に集まってお酒を飲みながら遅くまで話し合ったりしてた。
その子はお父さんがいなくて、お母さんは夜の商売をしていたから、いつでも夜は子供たちの集会所だった。
高校1年の春頃から夜な夜な集会が行われるようになって、だんだん相当ガラの悪い他校のいわゆるヤンキーまで集まるようになったんだけど、ここでの集会は冒頭に書いた「生徒会役員のほとんどが煙草か、飲酒で停学」事件には関係ない。
たぶん先生達も知らなかったと思う。
その家に集まったメンバーは本当にバラエティに飛んでいて、バンドやってる子や、学校では優等生(それは私か)、中学時代はシンナーやってて前歯がボロボロの子や、もの凄く頭が良くて理論的な子もいたし、単なるお調子者のヤンキーもいたし、それはそれは面白い時間を過ごしました。
ここで飲み過ぎるとどうなるかも知ったし(笑)
まあ、それは置いておいて。
お酒飲んで、尾崎聞きながら、深い話をしていたんですよ。
学校のこと、親のこと、今までの生い立ち、政治のこと、ほんと色々。
私は門限が厳しかったので時々しか参加しなかったんだけど、毎晩それは繰り広げられていたと思う。
うっすらした記憶だけど、1年の文化祭に生徒会長と、副会長(毎晩宴会場を提供していた女の子)は、開催当日バックれっちゃったんです。
私は当時美術部と生徒会を掛け持ちしていたので、夜の集会は参加してなかったんだけど、そのころには尾崎カブレしている二人の様子にほんとにうんざりしていて、文化祭当日に至るまでに何度も注意したし、目を覚ませよと言ったけど、文化祭の要になるはずの肝心の会長と副会長が心ここにあらずで、まったく彼らに伝わらなかった。
そんなこんなで当時の私は尾崎豊がすべての元凶だと判断した。(子供だね。)
時期が前後してるかもしれないんだけど、1年の夏休み辺りで生徒会のお疲れ会があった。
文化祭のたぶん前だと思う。
うちの高校って、文化祭秋だったと思うんですよ。
役員全員でどこかの近所の保養施設でお泊まり会するってのだった。
思い出した合宿だ!
参加費が2万位。
ふふふ。
私は親から2万貰って、その2万でウォークマン買った(笑)
ということでお泊まり会は行かなかった。
(確か、親にはちゃんと正直に2万くれるんなら合宿行かないから、ウォークマン買うと宣言してました。)
合宿にも行かなかったし、文化祭はバックレられるしで、副会長と本当は仲が良かったのですが、いつの間にか疎遠になってた。
(案外根に持つタイプだったんだなと)
そして2年の春に突然、始業式早々だったと思う。
生徒会の役員のほとんどが停学になった。
それは半年も前に行った合宿で、飲酒と喫煙が見つかったということでした。
参加した役員(生徒)のひとりが、飲酒してしまったことの罪に耐えきれなくなって、先生に密告したことが事件発見の発端でした。
(そうそう、書くの忘れていたけど、生徒会メンバーの中にとんでもない小心者の堅物がいたんですよ。もう名前も忘れちゃった。田中さん?鈴木さん?そういう感じの名字w)
新学期早々、担任から呼び出しを食らいました。
(この担任はクラス替えがあったにもかかわらず結局3年間私の担任でした。)
「どうして1年の時に生徒会であった合宿に参加しなかったのか?」
「お酒や、煙草を彼らがやっているのを知っていたから、嫌でいかなかったのか?」
そういうような事を聞かれました。
今の私を知る人は分からないと思いますが、高校時代は成績もそれなりをキープして、生徒会もやっていて、服装の乱れもないお利口さん(のふり)でした。
なので、担任にはそれなりに信頼されていましたので、そういう質問になったのでしょう。
正直、酒も煙草も(酒は私も飲んでましたけど)知ってましたし、多分合宿に行っていたら私もお酒は飲んでいたでしょう。
前から知っていたということは言わずに、「参加してたらお酒は飲んだと思う」と正直に言ったと思います。
保身のためでなく、私の余計な一言で、それ以上彼らの停学が長くなっては悪いなと思ったから。
3年になったばかりの先輩達が可哀想でした。
これからの就職活動に響くでしょう。
進学する先輩もいましたが、どうなったか気の毒すぎてあんまり詳しくきけませんでした。
ここで幼い私は尾崎豊がやっぱり悪い。
と、昨年の文化祭辺りの怒りが復活し、それ以降ちゃんと尾崎豊を聞くことはありませんでした。
この停学の話は余計だったかもしれませんが、これが私が尾崎豊を拒否していた理由です。
というような回顧録。
20年ぶり位に尾崎をちゃんと聞いたので、高校時代を思い出して……。