五年間の無為 | 冥王星移住計画

五年間の無為

大学を辞めてからの五年間は忙しかった。
ずっと闘っていた。それはすべて内的な闘いだった。
歯痛に耐えたり、過去を反芻したり──。

生きている以上、無為というのはありえない。どんなに怠惰に見えるひとでも、なにかをしている。彼はきっと内部で忙しくしている。だから、あまり外とは関われない。
ひとはなにも求めないというより、むしろ無を欲する

非建設的な、あまりに非建設的な。
おのれを蕩尽するという贅沢な虚無的な遊び。
「おのれを蔑む者も、侮蔑者としてなおおのれを敬う」
自分を相対化しているようでいて、相対化された自分をながめる観察者としての自分を絶対視している。

そろそろそういうのはやめようと思う。

なにも学ばなかった五年間。
英語すらろくにできなくなってしまった。
もしもなにかをやっていたら、なにができただろう。
どれだけのことが成し遂げられただろう。

けれど、それはかならずしもむだな時間ではなかった。
どうしても自分に必要な時間だったのだと考えて納得するほかない。
なにかを再確認していた五年間。

弓を引き絞れば引き絞るほど、箭は強く遠くまで飛ぶという。
弦が切れかかっていた。切れかかっていると現在進行形でいうべきかもしれない。
いずれにしても、そろそろ生活を改めてもいい時期だ。

生活──。
ぼくは生活というものを知らない。
生きるということを、生きかたを知らない。
ただひとつの道だけを見て歩んできた結果、行き止まりに達した。
届かぬ星に手をのばしながら歩いていたあげく、井戸に落ちた。

嗚呼、生活に攀じていくのか・・・」

考えるのではなく、感じること。
意味ではなく、強度を求めること。
歓喜と祝祭を生活にもたらすこと。

未知の素晴らしいものが世界にはたくさんある。

音楽と映画と美術作品をもっとたくさん味わおうと思う。
山に登り、海で泳ごうと思う。
砂漠にもいこう。海にも潜ろう。
世界の片隅でニヒルに唇を歪める甲虫になるよりも、世界の中心で愛を叫ぶ獣になろう。