微笑んでいる人を見かけたとしましょう。あなたは、

「ニヤニヤしやがって、気味が悪い」


と思いますか?それとも、

「ニコニコして、楽しそうだなあ」


と思いますか?

■マイナスのストロークの発生源「感情的な否定」

プラスのストロークを放つか、マイナスのストロークを放つか、あなたの感じた素直な気持ちが、ストロークの発生源になります。

十字を切ってみて下さい。縦(y)軸の両極は肯定と否定、横(x)軸の両極は理由と感情です。

 

つまり、「論理的に肯定する」「感情的に肯定する」「論理的に否定する」「感情的に否定する」以上4つの方向性があります。

そもそも、マイナスのストロークを封じるといっても、物事すべてを肯定できるわけがありません。否定しなければならない事だって沢山あります。


その時、

  • 「理論的に否定するか」
  • 「感情的に否定するか」
  • 「理論と感情で否定するか」

によって、アウトプットがプラスのストロークになるか、マイナスのストロークになるか決まります。

多くの場合は、理論と感情の一致で否定します。

 

「歯が痛い」けど「歯医者へ行きたくない」のは「歯医者が嫌いだから」という否定的な感情(歯医者へ対する負のイメージ)の他に、時間がないとか、費用がかかるといった鹿爪らしい理由があります。

 

が、この場合の嫌がる理由は、感情的否定の後付けに過ぎない。

そのまま、否定的な感情が勝れば、歯医者へは行きません。行きたくないから行かないという主張です。


すると、親は、
「ダメです」
と、理由も言わずに理論なく否定し、
「行きなさい」
と強制する。

 

これは、感情的な否定同士の戦いですから、泣く、わめく、怒鳴る、叩くといったマイナスのストロークが吹き荒れます。

そこで、
「言いたいことは分った。歯医者へ行かずに、痛みに苦しむのは自由だ。が、それでも決して痛い痛いと泣きごとを言わないか?」


といったロジカル(論理的)な反論に遭うと、


「この痛みが続くのはイヤ」だから「一時だけ我慢して、歯医者へ行って、治療する」
という建設的な結果へ至る可能性があります。

 

感情的な否定に対し、反論や反証という理論的な否定をぶつけるわけです。

論理的に否定するとき気をつけたいのは、議論で負けた側は、無念に思うだけで、「負けた」と思いませんから、議論で勝った側は決して驕らずに、「早く治して美味しいものを食べに行こう」と、敗者を労わらなければなりません。労わるというプラスのストロークで締めくくるわけです。

それを「やーい、やーい。勝った、勝った。だから言わんこっちゃない」などと挑発すれば、「なんだと!面白くねえ」と感情論になりかねません。感情的な否定の発生です。これじゃ元の木阿弥。

また、議論が膠着すると、「わからない奴だ。バカじゃねえか?」と、これまた感情論になりますから、..一旦は「言いたいことは分った」と譲るプラスのストロークが要ります。感情的な否定は避けなければならない。

感情的に否定すれば、微笑んでいる人を見たとき、


「ニヤニヤしやがって、気味が悪い」


と思う。マイナスのストロークの種(シーズ:seeds)が芽生えます。

その気持ちが口から出て、あるいは文字になって伝わったら、マイナスのストロークになります。

 

「気味が悪い」なんて言われた相手は面白くありませんもんね。マイナスのストロークは、否定的な感受(受け止め)から発せられる。

 

だから、否定するときは、理由ありきで(ロジカルに)否定しなければならないのです。

■プラスとマイナスのストローク・シーズ

反対に、
「ニコニコして、楽しそうだなあ」
と思えば、「楽しそうですね?」となります。

 

問われた相手は、嬉しいとまで感じなくとも、悪い気はしない。悪気どころか、楽しい話は誰かへ喋りたくて仕方のないもの。

 

そこで、「何か楽しいことでもあったんですか?」と訊ねるだけでプラスのストロークになります。

ここで重要なのは、「楽しそう」と思えば、そう思ったあなたの気持ちが心地よくなりますよね?朗らかになるし、麗しくなる。


ここが大事なんですよ。プラスの種(シーズ)が芽生えると、ストロークするより先に、あなたの気持ちが、そう思った通り働きます。「楽しい」と。

逆に、マイナスに感受すると、ストロークする前に、先ずあなたがドヨ~ンと憂鬱になる。

 

マイナスのストロークが返ってくるのと同様に、マイナスのストローク・シーズ(種)があなたの中に芽生える。

それは仕方のないことでもあります。人間には防衛本能がありますから、面白くない世の中から身を守るため、悪い結果が出てもショックを受けないように、先んじて最悪のケースを想像して身構えようとします。

語呂合わせで、数字の四を「死(し)ぬの四」と忌避する習慣はあっても、「幸(し)あわせの四」と好む習慣が無いようなものです。

 

四葉のクローバーは幸せの象徴なのに、どうも四は不利なようです。


(注:日本人が数字の四と九を忌み嫌うのは、生老病死という四つの苦しみ「四苦(九)」に触れたくないからという解釈もあります)

このように、成り行きに任せておくと防衛本能が働き、どうしても悪いように感受してしまうから、意識してプラスに感受し、プラスのストローク・シーズ(種)を芽生えさせ、プラスのストロークを打ち返すようにしなければ、ズルズルと不幸になっちゃうんですよね。

順番としては、
受け取ったストローク→プラスの感受→プラスのシーズ→プラスのストローク
受け取ったストローク→マイナスの感受→マイナスのシーズ→マイナスのストローク

誰かへ対して、または、何かに対して、どう感じ、どう思おうと、あなたの自由です。

 

が、そのとき、悪いように(マイナスに)感受すると、あなたの心の中にマイナスの種が芽生え、まず真っ先に、あなた自身が面白くなくなります。

 

邪悪な心のメカニズムは、あなたの感受から発生します。

それを封じるのがプラスの感受。

 

「嫌い」より「好き」。「面白くない」より「楽しい」。「哀しい」より「嬉しい」。「恐怖」より「期待」ですよん。