理解するとは、いったいどういう事なのだろう。
この言葉自体がもつ外見に囚われないように
理解するとは、
対象を、肯定したいという思いと、暖かいまなざしで以って受け止め、
目に見えている事実そのもの以上に、何かをみいだすこと。
そのことにより、自らを超えていこうとするこころみ。
さらにその過程が、肯定感を強めるという一連のはたらきのこと。
かな?
実は、随分長い前置きがあったのだけれど、面倒なので省いた。
愛する事と似ていると思った。
先日出会ったタゴールの言葉。
愛は理解の別名なり
子供の時から知っていたこの言葉を、理解したかった。
‥理解する為のつじつま合わせなんて、いわないでね。
わかりたいと思うこと。
この心のはたらきは、対象に対する愛に支えられていると思う。
これからも自己理解するためにも、書き記していこう。
誰に理解されずとも。
比較されるくらいなら、一人の方がましだ。