謙遜について | えむちゃん

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私が年の初めに、抱負として掲げた言葉。

謙遜であること。

全ての言動の前に必ず念頭に置くこと
きちんと日々守れているのでしょうか?
時折、頭の隅によぎることはあっても、殆どの時において、忘れ去っているように思います。
朝毎日声に出して、強く意識するというくらいの必要があるかも知れません
私の場合。

謙遜であること、謙虚であること。
漢字の意味あいから考えると、少し異なっているのでしょうか。

謙は、自分を低くして、ゆずりへりくだるという意。
遜は、同じくへりくだるという意。
虚とは、中身がない、からっぽという意。

このことから、推測すると、謙遜は純粋に己を低くしてへりくだるということ。
謙虚は、己を虚しくしてへりくだるということなのでしょうか。
ただ、一般的には殆ど同義に用いられる事が多いようです。

へりくだるという表現の中には、何らかとの関係性を含む事を意味しています。
そして、低くする、ということは、一般的にはマイナスの意味として捉えられています。
また、へりくだる対象を何に置くのかによっても、随分言葉の持つ意味が広がります。
この言葉は、何かしらの文脈において、意味を追求した方が分かりやすいようです。

例えば、サミュエルスマイルズの言葉
真の謙虚さとは、自分を正当に評価する事であり、長所を全て否定する事ではない。

また、岡本太郎は、
謙虚というものは、人の前でおのれを無にするとか、低く見せる事では絶対ない。むしろ自分の責任において、自分を主張する事だ。つまり謙虚とは、権力とか他人に対してではなく、自分自身に対してこそ、そうあらねばならない。

自己自身に対して、厳しく公平、公正であり、そこを起点として生まれてくる謙虚さと思われます。

一方で聖書やキリスト教の教会では、謙遜であることの大切さを教えて頂きます。
へりくだる対象は、常に神です。

マタイ福音書より
誰でも、たかぶるものは低くされ、へりくだる者は、高められる。

ペトロの手紙より
神は高慢な者を敵とし、謙遜な者には恵みをお与えになる。

神に対して人が謙遜であることは、信仰の要です。
マイナスが限りなくプラスを生み出すという不思議な力のある言葉なのです

ところで、私の今の心に一番響いた言葉。
三木清さんの言葉。

不安と焦燥は、傲慢な心のことであり、静けさと安けさとは謙虚な心のことである。
良き魂は謙虚な魂であり、良き魂のみが良き仕事を成し遂げることができる

具体的に謙虚さの形を浮きぼりにしてくれています。

忘れず、淡々と日常のやるべきこと、+αをがんばっていこう!
自分への戒め。