- 悪人
- 吉田 修一 朝日新聞社
重い緊張感と哀しみが、全編を貫いている。
保険外交員の若い女性が絞殺され、その犯行をめぐる群像劇。登場人物のほとんどは、著者がその一人を例えた、校庭に打ち捨てられたボールのような人々だ。社会から忘れられたかのように田舎でひっそりと暮らし、マスコミの興味を引くような事件に翻弄されては、また捨て置かれる。もっとも、彼らとは対照的に大都市で華やかに暮らす大学生が、一番情けない男であったりもするのだが。
実際に起きたバスジャック事件などもモチーフに、携帯の出会い系サイトや悪質商法など現代社会の問題を貪欲に盛り込みながら謎説きが進み、やがて物語は、親子の、そして男と女の愛を深く濃く描いていく。
非日常な設定に思えて、この話、実は読者にごく近いものかもしれない。暗い暗いストーリーのなかで、心にポッと灯をともすのが、普通の人々のちょっとした優しさやたくましさなのだ。
女性を殺した犯人、祐一を「悪人」と思えないのは、被害者の父親同様、読者も、憎むべきは彼女を峠に置き去りにした男の方だと直感するから。
祐一と逃亡劇を繰り広げた光代が後々「私が舞い上がっていただけ・・・」と自分を納得させようとするのも、共感を呼ぶだろう。人は、自分にそんなに自信が持てない。きっと彼女の言うことは、半分当たりで半分は違う。だって、恋って我を忘れて舞い上がることだもの。
「どちらもが被害者にはなれない」。母親の罪悪感をぬぐってやるために欲しくもないお金をせびった祐一は、そう言った。光代に対しても、加害者の役割を、「悪人」を引き受けないではいられなかった。それほど彼女を愛していたのだと思いたい。
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2007年、発行された年に買ったまま、積んでありました。映画化、深津さんの受賞などで、慌てて発掘して読みました~。