Pijyo その42 鳩泥棒 その2 | ピジョ太郎のブログ ~プラスリン大盛り~

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ゆるキャラブームの波に乗りたい?ピジョ太郎のブログです。「ゆるキャラっていうよりただのロゴだよね」という意見は聞こえないふりをして、自社の為、業界の為そして鳥を愛するあなたの為に日々(それなりに?)奮闘中!!

最近、「乾燥ビール酵母の研究」にかこつけて、ビールをよく飲むピジョ太郎ですはとビール


ビール・・・ではなく「ビール酵母」は結構少量でも効果は有るみたいピジョ。

飼料にちょろりと混ぜればokなのでなかなか手っ取り早い。

牛、豚、鶏から始まり、タイやエビといった水産物、サラブレット、

そしてBBQ中の?仲村トオル(エビオスのCM 笑)etc・・・と、想像以上に幅広く使われているピジョキン肉マンふむふむ


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さてさて、諸事情で?2部構成になった「鳩泥棒」の続きピジョ。


「シオン系の名鳩を盗まれた人」という扱いで弊社の先代の社長が愛鳩の友に載っていた・・・
というお話でしたが、  詳しくはコチラ→
http://ameblo.jp/pluslin/entry-11598299769.html


まずは、今回登場するシオン系2羽を紹介するピジョ。


はとアバタ号

昭和32年(1957)の江東連合会羽幌レースにて戦後初の1,000キロ帰還を達成。

翌年の七飯700キロにて、分速日本新記録をマークし農林大臣杯を受賞。


はと大日本号

アバタ号の直子。

昭和33年の羽幌にて戦後初の1,000キロ当日帰りを果たす。


と、当時としては珍しい父・子共に記録を作った1,000キロ鳩だったピジョ。


しかし、このたった4ヶ月後に大日本号は盗難にあってしまうピジョ驚き

これにより、大日本号の直子は既に5羽しかいない状況になってしまうものの、

父・アバタ号は偶然にも他人に貸し出していた為、難を逃れることが出来たピジョ

(1976年の東日本GNの総合優勝の鳩はアバタ号の血筋が流れていた。)


と、不幸中の幸いという形で、一度は難を逃れたアバタ号でありましたが、

結局盗難にあってしまうピジョ。

そう、ここで先代の社長が登場ピジョ・・・


【本文引用】

 昭和35(1960)年4月4日、雨の降りしきる晩に、千葉県柏の飯塚末雄氏の種鳩鳩舎にてアバタ号は盗まれてしまったのだ。


※このシオン系は元々は別の方が飼っておりましたが、晩年、先代が買い取った?とか


この一件で他の鳩も大量にいなくなり、警察出動で犯人とは全く関係のない足跡を間違えて石膏で型取りする・・・と大騒ぎ?だったらしいピジョ。

一応、犯人に目星はついていたものの、証拠としては不十分だったらしく、そんなこんなで半世紀以上経ってしまった訳です。(完全に時効ですねまっしろ



で、今回の記事でいまさら知った新事実として、


絶対にアバタ号だと 『思われる』 鳩が実は盗まれた2年後に戻ってきていた。


と、いうことピジョ。


感動の再開泣く と言わんばかりに、盗まれた鳩が最初の飼い主の元へ飛んで戻ってきました。めでたしめでたし・・・


そんな流れで書かれておりますが、立場的には


あれ、何かがおかしくない??


そんな気がするとかしないとか・・・笑


お後がよろしいようで。