おだやかな日差しがベランダにさしこみ、洗濯ものもよく乾きます。晴れ

昼のニュースでは、仕事はじめの企業、官公庁をとりあげていました。


まだ、本日も仕事がお休みの私は、ゆったり読書を楽しんでいます。本






ヴィクトール・E・フランクルの”夜と霧”を読み終えました。




フランクルは、心理学者で、アウシュヴィッツの強制収容所での体験を冷静に分析して、書いています。


過酷な労働の中で、多くの人が亡くなっていったのは、あまりにも有名なことですが・・・・。




フランクルは、こう書いています。


「 スピノザは、”エチカ”のなかでこう言っていなかっただろうか。 「苦悩という情動は、それについて明晰判明に表象したとたん、苦悩であることもやめる (エチカ第五部・定理三より)」



しかし、未来を、自分の未来をもはや信じることができなかった者は、収容所内で破たんした。

そういう人は未来とともに精神的なよりどころを失い、精神的に自分を見捨て、身体的にも精神的にも破たんしていったのだ。 」



収容所内での破たんについては、次のような例を出しています。


「収容所では、1944年のクリスマスと1945年の新年の間に、大量の死者が出た。」


これは、「多くの収容者が、クリスマスには家に帰れるという、ありきたりの素朴な希望にすがっていた」ことが、大きな原因だと考えられています。



このように、過酷な状況のなかで、収容所内で長生きできた人、というのは・・・・・


「 たとえば、きびしい労働作業中に、木立のあいだからさしこむ夕日の光が”ディーラーの水彩画”のようだ、と仲間が教えに来てくれたり、太陽が沈んでいく美しい様子を見逃さないように、呼びにきてくれたり、水たまりにうつった夕日が素晴らしいと感動したりする・・・・ 」 



フランクルは、そういう人達は長生きできた・・・と書いています。



どのような状況のなかでも、人間は破たんしてしまうのか、乗り越えていくのか、それは・・・心の持ちようだと実感させられます。

かお




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