師走に入り、まわりは慌ただしくなってきました。


今年は、3月11日に東日本大震災が発生しました。


当時、まだブログを始めていなかったので、その時の記憶を整理してみると・・・・・。





その日、私は職場で2時45分頃、ちょうどコーヒーメーカーをセットし始めた矢先の出来事でした。コーヒー


大きな地震に驚き、慌ててコーヒーを作るのをストップして、本が崩れて出てきそうなキャビネットの扉を急いで閉めました。


会議室にあるテレビをつけて、地震速報をずっと職場の人達と見ていました。テレビ


津波の映像は衝撃的でした・・・・。 


みんな、言葉を失いました。ダウンダウンダウン




窓から下のほうを見ると、通りを歩いている人達も騒いでいる様子がわかりました。


携帯は、すぐつながらなくなりました。携帯


鎌倉から通勤している人が、家のおばあちゃんの部屋にある黒電話は、すぐつながるので驚いたのが印象的でした。



テレビのニュースを見ながら、”偉い方”が仕事を早めに切り上げることを決断しました。ビックリマーク




しかし、JRはとまったまま・・・。 バスも全くこない状態・・・。 道路は渋滞・・・。



一時間バスを待っても、全くこないのであきらめて、“徒歩”で帰ることにしました。


桜木町から関内まで歩き、コンビニでトイレを借りようとしたら、30人くらい並んでいました。


それでも、次にいつトイレが見つかるか、わからないので、並んで待ちました。えっ


石川町まで歩き、そこからは大きな坂をのぼり始めました。 暗い状態の、初めての道は不安でした。星空


見知らぬ、3人の人と話しながら、歩きました。(女性二人、男性一人)


その内、ひとりは中国人の女性で、


「中華街で仕事をしているが、警察がきて、ガスは使用中止といわれて店はクローズした。」とのことでした。



森林公園の横を通りぬけて、下り坂になると、見下ろす夜景がとてもきれいでした。キラキラ


あの日は、とても寒く感じられました。


そんな日に限って・・・ハイヒールはこたえました。サンダル


弁当箱を入れていた紙袋が、長時間歩いていると、少々煩わしく感じられたりもしました。



あの日以来、弁当箱をひとつではなくて、金の延べ板ふたつ重ねたようなコンパクトなものに変更しました。


トートバッグひとつですむと、両手も空いて便利で快適でした。音譜




あの一日の記憶は時間もたつと、薄れてきますが、東北も、日本全体も復興してパワーアップしていくのを、祈願せずにはいられません。アップアップアップ