父は 2016年 12月に
体重が減り始めた




糖尿病予備軍だったので

ついに『糖尿病』になってしまったと思い

栄養指導入院を
予約したが満席で

2017年 5月の指導入院で


その時に
膵臓がん末期、転移アリが判明








即答で 抗がん剤治療はしないと決め

好きな事を
好きなだけやった




痛みもなく
食欲もあったし
車も運転していた




2019年の8月に


いつか来るであろう
『起き上がれない生活』
の為に

1人でニトリの電動ベッドを買ってきた




ワタシと叔母が
『レンタルで良かったんちゃうん?』
と言うと



『そんなん 嫌や!誰かが天国行ったから
そのベッドがあいたわけやろ?病院みたいなベッドは嫌やねん』
と言ってて

届いたベッドは 木調で オサレなベッド
お値段も お高めでした





自力で起き上がれる為、
待機電力を気にして コンセント🔌も抜いたまま
使用していた 笑ニヤニヤ


当時 小学生だった三男だけが行くたびに
わざわざコンセントさして

背もたれ上げて〜
足上げて〜
高さも上げて〜と
ウィンウィン動かして ゲーム🎮していたなぁ
ワタシらが帰ったら
またコンセントきっちり抜いてて笑ったわ





『動きにくくなったら、リビングにこのベッドを
持って行ったら 病院の特別室みたいになるやろ!
訪問看護の人らもその方が広いしな』


と訪問看護がくる事も
自宅での長期戦も
視野に入れて備えていたが


2019年の 12/10に
いよいよ食べれなくなり入院

点滴をしてもらうだけで
痛みは全くないので 
外出許可をもらって日中は
自宅に連れて帰ったり
銀行や
クリスマスの買い物や
お正月の買い物も連れて行った



『帰ったらいよいよリビング生活やな』
『退院決まったら 移動しといてくれよ』


と言ってたのに
クリスマスイブから急に痛みだして連絡があり
それぞれクリスマス会を
楽しんだ後の子供達を起こして
病院へ

意識が戻り
会話も出来て
弟一家も 病院にきたから

『え??お父さん しぬん?』
ってビックリしてた笑い泣き
弟にも リビングベッド計画を
遂行するように頼んでた


コレだけ喋れたら 今日はもつやろうと
弟一家が帰ってしばらくして

だんだん呼吸が
おかしくなり 
口が あいたまんまになり
12/25の8時に逝ってしまった





電動ベッドとしての役目を
使わずで

父の思ってたんとちゃう最後やったかも
しれないけど


色々この先の準備出来て
孫に最後のクリスマスプレゼントも買いに行けて
直接 渡せて
最後のお年玉も用意できて

痛みはホンマに
最後の半日だけやったから


お父さん、幸せやったよねって
ホンマに思うわ





ニトリの電動ベッドの
コマーシャルみたら

一気に色々思い出してしまったよ





お父さんの好きな
アジサイが今年も満開です





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