事務所の慰安旅行は、佳織の一周忌法要後となった。

 令和五年五月八日、新型コロナウイルス感染症の位置付けが、「二類感染症」から、「五類感染症」に変わり、下火になり始めた頃、彩香からいつでも大歓迎で受け入れる、という連絡があった。

 令和六年、薫風が心地良い季節、所員一同は、高知を九時過ぎの特急列車に乗り、途中岡山駅で新幹線に乗り換えて、午後五時前に郡山駅に着いた。

 

        新幹線郡山駅。画像 2/4

 七時間四三分の乗車時間ではあったが、誰の顔からも疲れは見えなかった。

 改札口に近付くと、にこやかに手を振る彩香の姿を見つけた。

「お久しぶりです。皆さん、長時間お疲れになられたでしょう」

 彩香は、紺色の半袖のセーターと長袖のカーディガンが良く似合い、年齢を感じさせない。

 少し長めのレースのカーディガンを上手に着こなし微笑む姿が、一瞬佳織と重なった。

「お宿までご案内します」

 彩香は、タクシーを手配していた。

 ホテルで汗を流した後、彩香はお気に入りの老舗料亭に案内した。

 落ち着いた雰囲気の個室には、次々と一流シェフのこだわった料理が運ばれてくる。

 彩香は、楽しい気分で会話が弾むように、自ら心を開いて自己開示しながら、所員たちとの距離を上手く縮めていく。

 初対面の者たちにも、細やかな気配りで郷土料理や酒を勧め、如才なく接した。

 そうした自然な彩香の対応に、誰もがとすっかり打ち解け合って、楽しい会食が展開された

 私は、にこやかにほほ笑むラミネート加工した佳織の写真を、そっと内ポケットから取り出して同席させた。

 

   

   

 

 次の日から旅行の最終日まで、彩香は付切りで福島県の名所旧跡や地元の人しか知らない穴場などを案内し、分かりやすい説明と郷土の名物料理で、心行くまでもてなしてくれた。

 彩香の誠心誠意の対応に感謝しつつも、帰り際、「ありがとう」の言葉を伝えるのが精一杯であった。

 

     

 

    

「彩香さんがご案内してくれたお陰で、本当に楽しい旅行になりました。彩香さんに心から感謝しています。大先生、ありがとうございました」

 旅行を終えて、事務所に帰った吉田は、私の席にお茶を置いて言った。

「彩香さんは、人の笑顔や喜んでいる姿が嬉しいのだろうね。面倒見の良い、できた人だよ」

 彩香の面倒見の良さは、多くの人に感謝された経験や自分が苦労をした経験から、人にはそんな思いをさせたくないという気持ちからに違いない、と思った。

「実は私、今回の旅行で奥様のこと、ずっと考えていました。初日の会食の席で、彩香さんが、奥様のお写真を手に取られた時、胸が詰まる思いがしました。涙ぐまれていたお姿から、面識がないお二人が、どこかで繋がっているようにも感じました。旅行中、奥様のお写真を持ち歩かれて、写真に向かって優しく話しかけられていた姿にも心が打たれました。奇特な方ですね」

「彼女は、誰からも信頼される誠実で、優しい心の持ち主だよ」

「母は、今回の旅行を楽しみにしていましたので、嬉しかったと思います。彩香さんに、母の思いが通じたのかもしれません。旅行を通して、彩香さんに、凄く親しみを覚えました」

 太一は、お茶を飲み干して言った。

「こんなことを言うと、変に受け取られると思って言えなかったのですが、大先生が、奥様のお手紙を彩香さんに渡された時、奥様から手渡しされているような錯覚に陥りました・・・・・・」

 門田は、意味深長な発言をした。

「本当に不思議ですね。私も奥様の笑顔に触れた気がしました」

「工藤先生まで、そう感じられたのですか。私、あの時、奥様が彩香さんの傍で、優しく微笑まれている姿が見えました。霊感も信仰心もない私ですが、そんなことってあるのですね」

「そうでしたか。皆さんには妻が見えたのですね。妻は、彩香さんに会いたがっていましたので、あの場にいたのでしょう。皆には、黙っていましたが、妻が亡くなる前、スマホに吹き込んだメッセージがあります。聴いてくれますか」

 所員は、スマホから流れる音声を真剣に聴き入った。

「私がそう見えたのはあながち、目の錯覚ではなかったのですね」

工藤は、不思議な体験に納得したようであった。

「先生は、奥様のお気持ちをどう受け止められておられますか」

「吉田さん、それは聴くべきではないよ」

「いいんだ、工藤君。私は、人生を照らしてくれた妻に、心から感謝している。その思いをしっかり抱きしめて、気力体力が続く限りこれからも社会正義に努めることを誓うよ。それが妻に対する答えだ。皆さん、今までどおりよろしく頼みますね」

 目には見えなくても、私には心の中を照らし続けてくれる佳織がいる。

 そして、気心の知れた所員たちや周りの支えが、私に勇気を与えてくれる。

一人ではないのだ。

 陽は、正にここに在る。

 人の優しさを全身で受け止め、最善を尽くそう。

 仏壇の前で手を合わせて、そう誓うのだった。