五月第二日曜日、三度目の短答式試験の日を迎えた。

 会場の門をくぐると、背後から山城が声をかけてきた。

「やあ! 久しぶりだね。彩香さんは、元気?」

「元気だと思うけど、暫く連絡が取れてないから、詳しいことが分らないんだ」

「え! 連絡取ってないの?」

「ちょっと、できてないんだよ」

「忙しくても連絡ぐらいはしないと、誰かにさらわれちゃうよ」

 思いもよらない山城の言葉に心が揺れ、もやもやした気持ちが生じたが、教室に入り、問題用紙を前にすると、気持ちは切り替わった。

 試験を難なくこなすと、せいせいとした気分で、電話ボックスに急いだ。

 彩香に出て欲しいと願いながら、ゆっくりダイヤルを回す。

「はい、松沢です」

 その声は、紛れもなく彩香であった。

「彩香さん」

「あっ! 遼太さん」

 声を聴いた嬉しさで、涙腺が緩んだ。

「お電話ありがとう」

「良かった! 声が聴けて。試験が終わった報告をしたくて・・・・・・」

「え! 今日の試験、受けられたの? 前年の合格者は、免除されるのでしょう」

「そうだけど、実力を試したくて・・・・・・」

「遼太さんの実力なら、合格は間違いないわ」

 優しい声の後、短い沈黙があった。

「ごめんなさい。便りも出さずに・・・・・・」

「そんなことはいいんだ。声が聴けただけで、それだけで嬉しいよ」

「お手紙嬉しかったわ。ありがとう」

「これまで、本当にごめん。会えなくなって、君がどれだけ大きな存在だったか、よく分ったよ。会いたい。会って詫びたい。傍にいて欲しい・・・・・・」

 初めて言葉で、正直な気持ちを伝えた。

「遼太さん、……」

 受話器から、彩香の息遣いが感じられた。

「今は、会うことは出来ないけど、気持ちが聞けて、嬉しいわ。……」

 囁くような声が返ってきたが、再び、沈黙が続いた。

「あとは、論文式ね。合格祈っています」

「ありがとう。君の激励が何よりの励みになるよ」

「私のお願い、聞いてくださる。決して無理はしないこと。身体を、大切にすること、お願いね」

 どこか寂しい響きがあった。

「無理はしない。体を大事にして、今年は必ず期待に応える。約束する。美術館にも行こう。そして、一緒に新しいスタートを切ろう。それを信じて頑張る」

「ごめんなさい」

 彩香は間髪をいれず、言葉を続けた。

「今まで十分なことができなくて、ごめんなさい。遼太さんのことはいつも見守っています。心から応援しています」

「ごめんなさいと言われてびっくりしたよ。今まで十分なことができてないのは僕の方だから、それは、こっちの台詞だよ。本当にごめん。合格したら、伝えたいことがあるので、あと少し待っていてください」

「私が尊敬する遼太さんですもの、必ず合格すると信じています。朗報を待っています」

 彩香の言葉に陰りを感じながらも、この時は目標達成が、彩香と人生を共有することに繋がると信じていた。