上野駅に着いた彩香は、荷物をコインロッカーに預け、地下鉄銀座線に乗り換えた。
稲荷町駅を通過してから、彩香は乗り越したことに気付いた。
下車した田原町駅の通路の階段を上り詰めると、陽は大きく傾いていた。
夕暮れ時の仏具店が建ち並ぶ心寂しい街の風景が、彼女の速い足取りを誘う。
「おばんです」
「え! どうしたの。郷里に帰ったのではなかったの?」
「やっぱり東京がいいわ。元気だった?」
「君のお蔭で、この通り元気だよ」
「良かったわ」
彩香は、飛びっきりの笑顔を見せた。
「これ、漢方薬よ。良く効くから飲んでね」
紙包みを受け取ろうと差し出した手に、彩香の手が触れた。
その手を、そっと握りしめた。
燃えるような彼女の熱い手の触感は、何かを訴えているようだ。
抱きしめて確かめたい衝動に駆られる。
(だめだ。感情に任せると、純な宝物を壊してしまうかも知れない。大事にしなければ……)
「これは、早速使用させてもらうよ」
一瞬の動揺もなかったかのように、紙包みを受け取った。
「遼太さんは、女性には関心がないの?」
「大いにあるよ。好きな女性は、特に、……」
「好きな女性とは、どんなお付き合いをしたいの?」
「自分にとってはとても高尚な存在だから、世俗的な欲求は求めずに、大切に付き合いたいと思っている」
「世俗的って?」
「本能で、欲求を満たそうとすることだよ」
「世俗的なお付き合い、したことはあるの?」
「勿論ないよ。素敵な女性は裏切りたくないから……。そのお陰で、こうして毎日頑張れている。いつも感謝しているよ」
彩香の目を見つめて言った。
「そうなのね……」
彩香の表情が、一気に和らぐのを感じた。
「あと、四、五日すれば論文式の合格発表があるので、一緒に見に行ってもらえるかなあ」
「ええ。是非そうさせてもらうわ」
「結果は分かっているから、期待はしないで欲しいんだ」
「それは、発表の日まで分からないわよ。自信持たなきゃ」
「そうだね。精一杯やった結果を、確かめるのは大事だよね」
「楽しみにしてるわよ」