朝早く、遼太は机に伏した状態で目覚めた。

 腰のあたりに違和感が残り、爽快さはなかった。

 前日から県外出張の正十不在の中、一人パンと牛乳で朝食を済ませ、前夜、書き綴った文章を読み返し余韻に浸った。

 一限の授業を受けた後、生協の書籍コーナーを訪ねると、多くの学生で混み合っていた。

 専門書以外にも豊富なジャンルの書籍が、全て一割引とあっての利用が多いのだ。

 受験新報五月号を手にすると、司法試験委員紹介、口述試験体験記、司法試験短答式模擬試験問題と解説、判例教室、法律答案診断室、司法試験合格の記録等、興味や関心を惹く内容が満載であった。

 早めに昼食を済ませ、購入した雑誌を図書館で読み耽った。

 読了し終えた時、時計の針を見て慌てた。

 午後の英語の授業を棒に振ったことにも気付いたが、それより約束の五分前であったことが重大であった。

 本を鞄に入れると「静粛に!」という張り紙に目もくれず、階段を昇ってくる学生に鞄が当たりながらも、一気に駆け降りた。

 図書館の入口で学生証をチェックしている係官の注意の声は届かず、国電御茶ノ水駅に続く歩道を力走した。

(彩香との約束の時間に遅れるわけにはいかない。ルーズな男と思われたくない)

やっとのことで、四時にいつも乗り降りする改札口に着いた。

(間に合った!)

 胸をなでおろしたが、彩香の姿がどこにも見えない。

 その時になって、はじめて改札口が二つあることに気付いた。

 慌てふためき、もう一方の改札口まで人混みの中をかき分けて探した。

 その間、二〇分が経過していた。

 約束時間を守らなかったため、彩香が帰ったと思い込み、帰ろうとした時だった。

 背後から、小林流水が呼び止めた。

「林田さん。ここにいらしたのですか。松沢さんとお約束していたのではないですか」

「そうですが……」

「彼女、大学会館前で待っているわよ」

「えっ!」

「違ったの。大学会館前なのでしょう」

 流水の

()怪訝そうな顔つきに、遼太は血が引く思いであった。

 息せき切って、会館前に着いた時、時間は四時半になっていた。

「すみません。遅れてしまって」

 肩で激しい息を切りながら、その言葉を言うのが精一杯だった。

「いえ、いいのですよ。私も今来たばかりですから」

 

 三限終了後、彩香は、駿河台下交差点から西に抜ける靖国通り沿いに立ち並ぶ、古本屋街に流水と共にいた。

「何か予定があるのではないの?」

 彩香が、腕時計に目をやるのを見て、流水は気になって訊いた。

「四時にお約束があるの」

「誰とお約束?」

「林田さんと大学会館前でお会いすることになっているの」

「それだったら、無理に付き合わなくても構わなかったのよ」

「もう少しいいわ」

「私、探したい本があるからあと少しだけ、見ていくわ。行ってらっしゃいよ」

「じゃあ、お先に失礼するわね」

「急がなきゃだめよ」

 彩香が、大学会館前に着いたのは四時に五分前のことだった。 

「そんなに慌てて来られなくても、待っていましたよ」

 彩香は、優しい眼差しで、息苦しそうな遼太を気遣った。

 遼太は、遅れた経緯を弁明した。

「林田さんが言われる通りにしておけば良かったですね。駅の改札口は混雑するから、ここが近いのでいいのかなと、勝手な判断をしたことで遠回りさせてしまってごめんなさい」

「とんでもない。僕は小さいころから、親によくおっちょこちょいといわれて、注意されていました」

遼太は白い歯を剥き出し、頭をかいて照れた。

「おっちょこちょい?」

 彩香は意外な顔をした。

「あわてんぼうなんです。気が利いて間が抜けているというか。人の話も適当に聴くようなところがあるとよく言われました」

「まあ、そのようには見えませんけど」

 彩香は、遼太の剽軽な顔を見て微笑んだ。