ニッカウヰスキー創業者・竹鶴政孝を描いた『マッサン』は、ビジネスマンにも届くNHK朝ドラの決定版
現代ビジネス 2014/10/14 01:21 高堀 冬彦記事による
60代以上の方にとって一番印象深い国内での五輪というと、1964年の東京五輪だろうが、50代は72年の札幌冬季五輪に違いない。40代以下は98年の長野冬季五輪だろう。
札幌冬季五輪のとき、今の50代は8歳から17歳。もっとも多感な時期に、70m級ジャンプにおける日本選手勢の大活躍を目の当たりにした。国旗掲揚台のポールに3棹の日の丸が揚がってゆく歴史的光景を見た。街にはトワ・エ・モワの「虹と雪のバラード」が流れていた。
当時は高度経済成長期。数値的なデータなど関係なく、成長期のピークもあのころだった気がする。大半の人は胸に希望を抱き、「頑張れば、明日は今日より、きっと良くなる」と信じていた。そんな成長期下独特の思想を、身をもって実現させたのが、笠谷幸生氏である。不断の努力の末、体格や競技の歴史で格上の海外勢を打ち破り、70m級ジャンプで金メダルを得た。冬季五輪における日本人初の栄冠だった。
傑出した日本人だった笠谷氏は北海道立余市高校(統合により、現在は余市紅志高)から明大に入り、卒業後は余市に蒸溜所を置くニッカウヰスキーに入社。その5年後の五輪にもニッカ社員として出場した。笠谷氏を支え続けたのは同社の創業者・竹鶴政孝である。彼もまた秀出した日本人で、ドラマチックな人生を送っている。
仲睦まじく微笑ましい主演2人の演技
その竹鶴をモデルにした人物を主人公にして、連続テレビ小説を作ったのだから、面白くないはずがない。NHKの朝ドラの新作『マッサン』が好評である。9月29日の初回視聴率は21.8%。その後も失速する気配がない。
制作は「BK」こと大阪放送局。お膝元である関西地区での視聴率は19.8%で、過去10年の朝ドラの中で最高だ。序盤の舞台である広島地区では、それを超える25.8%。絶好の滑り出しである。
竹鶴をモデルにした主人公・亀山政春に、玉山鉄二(34)が扮している。政春は誠実でエネルギッシュな男で、玉山にはハマリ役だ。玉山は眉目秀麗ながら、三枚目的な役柄も巧みにこなす器用な役者だが、大河ドラマ『八重の桜』における会津藩士・山川浩役が評判高かったように、誠実で力強い男のほうが似合う。
竹鶴は1918年、ウィスキーづくりを学ぶため、スコットランドに留学する。2年後に帰国するときには、青い瞳の妻を伴っていた。名前はジェシー・ロバータ・カウン。通称・リタ。竹鶴が有機化学などを学んだ名門・グラスゴー大学の学友の姉だ。この筋書きを『マッサン』も踏襲している。
ドラマではリタの名前がエリーに。演じているのはアメリカ人女優のシャーロット・ケイト・フォックス(29)。日本の映像作品に登場するのは初めての人だが、不思議なくらい朝ドラの画面に溶け込んでいて、違和感はない。実生活では既婚者らしいが、初々しく、新妻役がハマっている。
劇中、エリーは政春のことを マッサン と呼ぶ。リタも政孝をそう呼んでいた。政春とエリーはいつも仲睦まじく、朝から思わず微笑んでしまう。
単なる嫌がらせとは違う泉ピン子の”嫁いびり”
共演陣も良い。序盤で要になるのは泉ピン子だ。政春の母・早苗役で、広島の造り酒屋「亀山酒造」を差配している。政春に跡を継がせようとしていたため、その国際結婚には猛反対。エリーにも辛くあたる。嫁いびりだ。この役も泉にとってハマリ役だろう。
昭和期には嫁いびりを上手に演じる女優が大勢いた。北林谷栄、ミヤコ蝶々らである。今は泉が筆頭格だ。キムラ緑子も『ごちそうさん』で意地の悪い姑を好演したが、うまい人は数少ない。時代の変化によって生活臭の強い役者が減り、洗練された演技者が増えたせいだと思う。
嫁いびり役が似合わない女優が、それを演じると、ただの陰湿な嫌がらせにしか映らない。泉の場合、ギリギリでそうなっていない。バランスの取り方が絶妙だ。うまい。嫁いびりは江戸時代から浄瑠璃や落語などに取り入れられており、単なる嫌がらせとは別の代物である。
「泉のいびりを朝から見るのは辛い」と批判めいた声も一部の評論家の中から上がっているようだが、そう言われた泉や制作陣は快哉を叫んでいるのではないか。国籍の違う若い二人が、さまざまな困難を乗り越え、愛を貫くというのは作品のテーマであり、嫁いびりも辛苦の一つなのだから。泉の嫁いびりが話題にならないようではドラマとして落第だろう。
名手・羽原大介の脚本に期待
当時は大正期。地方の旧家が国際結婚に反対したのは無理もない。デモクラシーの気運が高まっていたとはいえ、恋愛結婚さえ良い顔をされなかった。泉の嫁いびりが、あの時代と今の空気の差を雄弁に物語っている。
ほかにも前田吟、高橋元太郎、西田尚美ら演技巧者が集まった。あとは脚本次第だが、名手・羽原大介氏が書いていて、テンポが抜群に良い。シリアスとコミカルの織り交ぜ方も絶妙である。
羽原氏は朝ドラこそ初挑戦だが、井筒和幸監督による快作映画『パッチギ! 』、フラダンス・ブームを巻き起こした『フラガール』などで骨太の脚本を書いてきており、その実力は広く認められている。それもそのはず。天才脚本家・つかこうへい氏の愛弟子なのだから。最後まで楽しませてくれるに違いない。
このドラマに原作はなく、竹鶴政孝も主人公・政春のモデルに過ぎないから、羽原氏が書く物語の細部が、どうなっていくのかは分からない。が、史実と大きく違う展開はないようだ。当然、竹鶴とサントリー創業者・鳥井信治郎との出会いと別離も描かれる。
国産初の本格ウィスキーづくりを目指していた寿屋(現在のサントリー)の信治郎は、竹鶴がスコットランドに留学していたことを知り、製造のすべてを託す。信治郎のモットーである「やってみなはれ」が実践された。1923年のことだった。
竹鶴の年俸は4000円。今の貨幣価値に直してみると、軽く1億円を越す。スコットランドから技術者を招聘したら、それくらいは費やさなくてはならないのだから、日本人であっても同水準の報酬を与えたらしい。歴史に名を残す経営者は、やることが違う。『マッサン』では鴨居欣次郎という名前になり、堤真一が演じる。
厚遇を与えられながら、竹鶴が寿屋を飛び出し、余市町でニッカを創業したのは広く知られている通り。1934年のことである。竹鶴が国内でのウイスキーづくりの理想郷を求め、辿り着いたのが余市だった。気候がスコットランドに似て、冷涼で湿潤。そして、水が澄み、豊富であることが理由だったという。
竹鶴を支えた無私の人リタの物語
その後、竹鶴は本人の才能や努力、さらに人柄の良さによって、見知らぬ地で見事に成功を収めた。挫折しそうになったことも幾度かあったようだが、そんなときはリタが献身的に支えた。リタをそのまま日本語にすると、「利他」だが、リタ自身も無私の人であり、竹鶴の成功だけが自分の夢だったらしい。『マッサン』における政春とエリーの関係も同じだ。
リタは従業員にも愛情を注ぎ、ニッカにとって母のような存在だったという。リタは余市のためにも尽くし、幼稚園も設立している。現存するリタ幼稚園である。余市の人々はリタの友情に感謝し、JR余市駅前から町役場前までの1.3キロメートルの遊歩道を「リタ・ロード」と呼んでいる。竹鶴は魅力的な人物だが、リタも朝ドラの制作陣が描きたくなる女性に違いない。
来日してからは文化の違いによる苦労を味わい続けたリタだが、常に前向きな姿勢を崩さず、やがて日本に溶け込んだ。だが、病には勝てなかった。61年、愛する竹鶴を残し、64歳で逝去する。竹鶴はうちひしがれた。傷心のあまり、丸2日間も自室に閉じこもってしまったという。
竹鶴が情熱を傾けたスポーツ振興と笠谷の物語
その後の竹鶴は喪失感から逃れようとするかのように、若者のスポーツ振興に情熱を傾ける。リタの死から6年後には笠谷氏をニッカに迎え入れた。同時にスキー部を設立した。竹鶴はもともとスポーツに理解が深く、41年には地元の要請を受け、私費を投じてジャンプ台をつくっている。笠谷氏も練習に使った「竹鶴シャンツェ」だ。
今のメセナとはレベルが違ったようだ。竹鶴はジャンプだけを偏愛したのではなく、余市の青少年スポーツ全般の育成に寄与し、陸上競技場や運動公園も整備した。余市町体育連盟の初代会長も竹鶴である。
もちろん、ニッカ社員である笠谷氏には支援の限りを尽くした。株主資本主義が台頭する現代とは違い、ROEの数値よりも社員の暮らしが重視されていた時代だったこともあり、笠谷氏はサラリーマンの身でありながら、現役時代は年間150日から200日もジャンプのための時間が与えられていた。
笠井氏をニッカの広告塔として利用しようとした形跡は見当たらないから、竹鶴は純粋に余市とスポーツが好きだったのだろう。ラグビーなどのスポーツが盛んなスコットランドで若き日を過ごしただけに、スポーツマンの活躍が人々に希望を与えることも知っていたに違いない。
リタの死から18年後、竹鶴も79年8月に他界する。享年85歳。一方で笠谷氏は竹鶴が故人になったあともニッカでのサラリーマン生活を続け、広報部長や市場開発部担当部長、北海道支社副支社長などの要職を歴任した。知名度を利用して政治家やタレントに転身するようなことはしなかった。
国民的ヒーローになってからもニッカのために働いた。笠谷氏にとっては、竹鶴とニッカへの恩返しだったのだろう。それが戦前生まれの笠谷氏の美学でもあったのではないか。『マッサン』には笠谷氏をモデルにした人物も登場すると聞く。竹鶴に支えられた笠谷氏による金メダルが、終盤のハイライトになる気がする。
左党には興味深い、ニッカとサントリーの黎明期が浮き彫りになり、札幌冬季五輪における英雄も登場する『マッサン』。近年の朝ドラはビジネスマンにも人気で、総合週刊誌で特集が組まれることが珍しくないが、『マッサン』はその決定版になりそうだ。
