写真は小さな声 | 日刊ぷらすれっど -落書き編- presented by plusRed

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ごくごくありきたりな写真と面白味に欠ける文章でまとめてあるクソ真面目なブログです。”ぷらすれっど”は写真事務所らしい。

今日はユージン・スミスの言葉を紹介したいと思います。


ユージンスミス+小さな声 で検索。あ、出てきた出てきた。コピペ。


 写真はせいぜい小さな声に過ぎないが、 ときたま――ほんのときたま―― 一枚の写真、 あるいは、一組の写真がわれわれの意識を呼び覚ますことができる。 写真を見る人間によるところが大きいが、ときには写真が、思考への触媒となるのに充分な感情を呼び起こすことができる。われわれのうちにあるもの――たぶんすくなからぬもの――は影響を受け、 道理に心をかたむけ、誤りを正す方法 を見つけるだろう。そして、ひとつの病の治癒の探究に必要な献身へと奮いたつことさえあるだろう。そうでないものの、たぶん、われわれ自身の生活からは遠い存在である人びとをずっとよく理解し、共感するだろう。写真は小さな声だ。 わたしの生活の重要な声である。それが唯一というわけではないが。私は写真を信じている。もし充分に熟成されていれば、写真はときには物をいう。それが私 ――そしてアイリーン――が水俣で写真をとる理由である。


――ユージン・スミスによる『写真集 水俣』の裏表紙のことば


今日はこのへんで。


ごきげんよう さようなら