今、ダチの知り合いの方に自転車を作って頂いている。昨日、そのダチからその方からのメールを転送してきた。
本日遂に、4回目の前輪組み直し敢行、シマノのラージハブに14-15ダブルバッテトのステンレススポークで、8本組みです。今週は、しっかり自転車屋で頑張ります。
このメールの後二人で、「こんなじい様になりたい」と話した。
昨日、写真に写っているものは記号と言った。自転車も記号の一種なんだろう。記号、「記」が平面を表すならば、「物」でもいい。「物」は記号なんだ。
でも、その自転車から僕はその方の手を感じることが出来る。その自転車はそれを語ってくれる。
物語、物が語り掛けてくるからシャッターボタンを押すことが出来る。それを時間で微分したものが写真であり物事なんだろう。
昨日そのダチの写真展を観に行った。本業は撮影でなく額製作。いっしょに行った↓の小学生みたいな女の子がダチの作品を見て「工作やん」と言った。
手が感じる作品だ。
それを言いたかったんだと思う。あと、+楽しんで作ったんでしょ?だろう。
少し羨ましかった。手を感じる物を作れる人たちのことが。